食道がんと闘う自然爺の活動

自然の中での暮らしに憧れ、自作の山小屋を起点に自然と戯れていたが、平成21年10月、食道・胃がんが見つかり手術。

『雑想考、コンパクトシティー』

2013年08月24日 17時24分26秒 | その他

 日本は少子高齢化、大都市集中型国家に変貌してしまった。世界の国からみれば

国土62位/201カ国、人口10位/185カ国1.27億人、GDP総額3位/187カ国となってお

り、面積は狭く人口は多い、GDPは上位だから何の問題もないようにみえるが、年齢

構成に大きな問題を含んでいるのは周知の通り。

戦後、国民はなりふり構わず生きることで精一杯の苦しいスタート、耐えに耐え凌い

でやっと国家再建を果たし、発展途上国に援助できる国家になった。こうした国家再

建を目指してきた過程で、どのような国家づくりを目指そうとしていたのだろうか。戦後

の混乱は余りにも大きく、最初のグランドデザインは大雑把なもので取り敢えず、国民

が空腹から解放される極、日常的なことの安定だった。

衣食足りて礼節を知る、やがて将来の日本はこのような姿にと、理想形を夢見ながら

政治が動き、経済が後押しをする、国民は勤勉に働いた。

古くは所得倍増計画、高度経済成長、バブル経済、バブル崩壊といい夢、悪い夢を

見ながら日本は世界トップクラスの国家に上り詰め、今は20年にも及ぶ不況とデフレ

の真っただ中にいる。人は生まれてから、貧富の差なく平等に歳をとる。こんな当たり

前の事を厚労省の役人は知らなかったらしい。毎年の人口推移にしろ年齢構成にし

ろ、基礎データーがしっかりとした形であるのだから、小さな変化でも必ず分かる仕組

みなっているはずだ。こうした基礎分析ができないと、例えば将来の学校建設などが

無計画になったり、必要な施設の不足を招いたりと、社会生活に大きな影響を与えて

しまうからだ。にも関わらず日本国は或る日突然に『少子高齢化』宣言をし、国民も吊ら

れ、最近判明したホットニュースのように語りだした。政治家や官僚たちが司る国家の

怠慢の結果だと指摘する人は少ない。経済成長と共に地方と都会の役割にも大きな

変化が生じ、都会で欲しい労働力を地方が賄う形になり、やがては農村部の稼ぎ頭ま

で出稼ぎをする時代になった。こうした時代では農家や地方の家では祖母、父母だけ

が実家に住み子供たちは都市部で独立する核家族化となり、その後は誰でも想像で

る今の時代だ。田舎だけが少子高齢化の波を被っているのかと思えば、形態は違

うが街中ではシャッター通りに象徴されるような商業環境の変化も加わり、街中の空洞

化も問題を大きくしている。

どのような国づくりをするか、恐らく少子高齢化と騒ぎ立てる前までは、全国幅広く多

色彩の違いはあるにしても、均衡のとれたものにと考えられていたと思う。

どんな場所でも、どんな不便な場所であっても自分の生まれ育った所は誰でも大切に

たい。しかし、過疎が過疎を呼び限界集落になると分かっている場所に積極的な投

資は避けられていくのが現実であろう。こうしたケースで、過疎の地域に住む人をその集

落の中心地近くに集まってもらい、そこで生活をする。そのために生活に必要な公共施

設や商業施設も集積させたコンパクトな街づくりをしていくという考え方がある。ニュアン

スは多少違うかもしれないが、街中に於いても空洞化し老齢化していくことの対策として、

今ある街の形を変えていくことも有効な対策になるかもしれない。昨年、訪れた父の生家

は山の上にある過疎地、厳冬期の大雪の間、老夫婦は下界にある施設で暮らし春にな

ると山に戻る生活をしておられた。身体が動く内はこれも一つの方法だ。

便利そうな施設をあの町に、この町にとばら撒いてつくる時代は終わった。広く大きな町

や市でなくてもコンパクトで便利な街について知恵を出していかなければ、限界集落が

限界市になんてことにもなるかもしれない。


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