
【17】
彼等のマンションに今夜も泊まったらと誘われましたが来週のお楽しみを取っておこうと断って久しぶりに田無に戻りました。
私の部屋の前に大きなダンボールの荷物が置いてあります。母から送ってきたものでした。
部屋の鍵を開けていると、隣の部屋の浜野英樹君が顔を覗かせました。
四月以降、彼に会わないように部屋を出入りするときは出来るだけ物音を立てないようにそろっとしていたのに、楽しい経験をして久しぷりに自分のアパートに戻ってきてすっかり忘れてしまっていました。
「あらっ」
「あっ、やっぱり原田さんですね、なんか前から原田さんのところに女の人が来てるようだと思っていたけど、原田さんだったんだ、やっぱり。そうだと思った」
となんかわけのわからないことをぶつぶつ呟きながら、彼は私の顔を見つめ続けます。
「ああ、この荷物、昨日運送屋さんが持ってきましたよ、受け取ってくれって言うから置いてってもらったんですけど」
「どうもありがとう」
自分が女装してることも忘れ男らしく低い声を出そうとするのですがやはり前の発声方法を忘れてしまったみたいで上手くいきません。かえってうわずった甲高い声になり余計うろたえてしまいました。
そしてあわてて荷物を持ち上げようとしましたが重くて持ち上がりません,浜野君が笑いながら運んであげますよと簡単に持ち上げます。私の後について入ってきた浜野君が二つのダンボールを奥の部屋まで運んでくれました。
窓際に出かけに干して行ったショーツとブラが三枚ずつぶら下がっているのを彼はじっと見つめているのに気が付いて私はあわててそれを外しました。
赤い顔の私を見ながら彼は嬉しそうに言いました。
「まるっきり女の人ですねえ、声を聞いてもわからないや、もともと声が細い感じだったけど、今ニューハーフのバイトでもしてるんですか」
「ううん、そうじやないけど、ちょっと事情があってこんなふうになっちやったの」
荷物を運んでもらったり、レースのついたピンクの下着を見られたりでどうしようもなくなった私はもうあきらめて今の自分に合った喋り方で答えました。
彼は赤井さんと同じ二十歳の大学生で普段から大人しく無口で、後輩らしく控え目な態度でそんなになれなれしくないところに私は好感を抱いていましした。
だからよけい彼には女装の自分を知られるのが照れくさくて嫌だったのです。
彼はいつもと違って大分興奮した口調でしたが女装した私を馬鹿にしたり、あきれたというような感じでなく、女子学生と話をしているような態度で話してくれたので私も照れくささが少しおさまり、彼にコーヒーをいれ一時間ほどいろいろと私の事情を説明しました。彼はびっくりしたり、時々嬉しそうな笑い声をあげたりしながら、私の話を熱心に聞いてくれました。
「あのう、実はお願いがあるんですが」
「なあに」
「いやあ、あの….これからも僕とつきあってほしいんですけど」
「えう、どういうこと」
「いやあ、その……別にどうってことないんですけど・・・、僕をボーイフレンドのつもりで・:・:」
真面目そうな彼の顔が真夏の暑い私の部屋のせいというだけではなさそうなほどびっしょり汗をかいているのがとても可愛く見えました。
以前は後輩の同性と言うだけで、なんとも思うことも感じることもなかった浜野君に異性を感じてしまう自分自身の変化に戸惑いを覚えました。
でも所長と比べて体格も貧弱で平凡な浜野君の人の良さそうな笑顔が私にとってはとても頼り甲斐がある男性に感じられ、熱くなった頬にそっと両手を添えた女っぽい仕暇を無意蔵のうちにとりながら、恥ずかしげに彼の申し出に頷いている私でした。 《続く》
出所 「インナーTV」1994年第3号