雲上快晴

プーさん爺じが、何の変哲もない日々を綴る

第一義

2009年01月29日 | 徒然
 春日山城の麓にある「林泉寺」の宝物館に、上杉謙信が書いたとされる「第一義」という額があるという。

ネットで調べてみたら、お釈迦様が悟った万物の真理・原理を意味するものだそうだ。

 昨年の9月に上杉神社に行ったとき、お土産屋さんでこの手拭を買ってきて、社宅の窓に貼ってある。

 毎日酒を飲みながら、この三文字を眺めて、知る由もない遠き古のときに思いを馳せてみる。

 義の武将、上杉謙信も辿り着いた「第一義」の境地、あまりにも乖離があり過ぎる現在の私・・・

 戦国武将占いでは「上杉謙信」と出たのになぁ~。。。


通勤

2009年01月29日 | 徒然
 私の住んでいる社宅から会社までは徒歩で12,3分くらい、碁盤の目のような通りとなっている所なので、新たな発見を求めて毎日いろんなルートを歩いている。


 「今日はこの角を曲がってみようか」、曲がり角の先に何が現れるか、何を見れるかが楽しみで、路地に差し掛かる度にワクワクしてくる。


 また、福島という所は盆地なので夏暑く冬寒い、したがって、夏は日陰を求めて、冬は日向を求めて歩くので、同じ道を歩くのにも夏と冬では反対側の歩道を歩くことになる。

 たったそれだけの違いでも、眼に映る景色は全く別なものになるから面白い。



 一つの角度から見えるものは一つ、角度を変えれば変えるだけ見えるものが増えていく。



 10分程度の通勤時間に、そんなことを思ってみる。  ああ、変人倶楽部。。。



吾妻小富士

2009年01月26日 | 徒然
 土湯峠に繋がる吾妻連峰の中に富士山にそっくりな吾妻山というのがあって、通称「吾妻小富士」と呼ばれている。
 今朝はとても寒くて空気が澄んでいたので、吾妻小富士がくっきりと見えた。思わずカメラ持参で会社に行って、会社の屋上から写真に収めた。

 今の時期は、すっぽりと雪を被っていて、それはそれで十分に凛々しく美しいが、春先になって山肌が見え出したときには、ウサギの形をした雪だまりが残るのである。
 そして、そのウサギが現れた頃に農家の人たちは種まきをすることから、「種まきウサギ」とか「雪ウサギ」と呼んで、福島市の風物詩の一つとして親しまれているのである。
 春になったら、「雪ウサギ」もアップしてみよう。

行って良かった

2009年01月25日 | 徒然
 私は内弁慶の典型的な人間である。
 人を呼ぶことは大好きなのだけれど、人の家に行く事はほとんどない。特に自分より年下の人間の家には、今だかつて行ったことがないのである。
 理由は、出不精ということが一番なのかもしれないけれど、人の家に行くと、どうしても気を使ってしまって、自分が自分らしく振舞えなくなってしまうからなのだ。

 ところが、この土曜日に腐れ縁のたなかしさんとともに某県某所の年下の家に拉致されて、一夜を過すことになったのだ。
 辿り着くまでは、一抹の憂鬱もあったのだけれど、着いてみたら「ここは俺の居場所なんじゃないか」と思えるくらい居心地のいい空間が待っていた。

 囲炉裏の部屋で焼酎を煽り、炬燵に潜って寝て、翌朝家の周辺をそぞろ歩いて、何とも心が休まる時間を体験することが出来た。

 環境が良かったということもあるけれど、何より心地よかったのは、呼んでくれた後輩夫婦の心だね、これまで何度もうちに来てくれているけれど、こっちがお邪魔してみて、絆がより太く強くなったような気がしたよ、たなかしさんも、きっと同じ気持ちだと思う。

 残念だったのは、囲炉裏を囲んでの楽しい団欒の雰囲気を伝えようと熊さんに電話を掛けたのに、「電波の届かない場所にいるか・・・」となってしまったこと。。。

全日本選手権が佳境に入ってきたね

2009年01月18日 | 卓球
 日本卓球協会のサイトで全日本の結果を検索してみる。

 男女シングルスのトーナメント表と結果を見ていると、名前と共に顔が浮かんでくる子達が大勢いる。
 「あいつもまだ頑張っているんだなぁ、とか、おお!あの子があいつに勝ってるよ」、などなど懐かしい気持ちになれるな。

 現場から退いた私にとっては、少し遠くなった世界として客観的に結果を見ているというところかな。

 まだ、復帰しようという環境も気持ちも整っていないので、今はただただ静観あるのみだけれど、外から冷静に見ているとやっぱり卓球界はちっちゃ過ぎるような気がするな。
 鍬で一畝作るほうが、よっぽどでかい世界だよ。

文通

2009年01月15日 | 徒然
 昨年末くらいから、妻との文通を始めている。
 文通といってもFAXでのやりとりなのだれど。

 携帯電話の普及からメールでのやりとりが主流になってしまって、文字を書くことがほとんど無くなってしまっていた昨今だったので、ひとつ時代を戻してFAXを使って自分の字を文章を送ってみたいと思ったのだ。

 メールのような絵文字や遊びは出来ないけれど、メールより温もりを感じることが出来る。

 今日も少し前に妻からのFAXが届いた、これから返事を書こう。

冬のある日

2009年01月13日 | 徒然
 1月11日、仙台フィル管弦楽団のニューイヤーコンサートが福島市で開催されるというので、妻と娘に声をかけてみたところ来てくれることになった。

 11時半くらいに福島駅に迎えに行って、社宅の部屋で一休みした後、高湯温泉の登り口にある「胡々里庵」という蕎麦屋で昼食、雪も降り出し店の佇まいとも相まって、心休まるひと時を過ごすことができた。

 3時から福島県文化センターにおいてのコンサート、1700名収容可能の大ホールでの開催、2/3ほどの埋まり具合だったか、、、「剣の舞」や文明堂のCMで使われていた曲など、私の知っている・聞いたことのある曲が多く演奏されて、2時間の公演時間が短く感じられた。

 その日の宿は、蛍の里として有名な桑折町にある「うぶかの郷」という町営の旅館、日帰り温泉も楽しめるところなので、館の中は近所?のお爺さん・お婆さんたちで賑わっていた。
 お風呂は少し熱めの単純泉、窓外の残り雪を眺めながら身も心も温まる、風呂上りの1本のビールで酔いが回ってしまった。

 夕食は食べきれない量、普段は食べ物を決して残さない妻と娘も流石に降参と相成った、部屋に戻り焼酎を飲みながら「行列のできる・・・スペシャル」番組を見て、紳助と重い病を背負って生きてきた女の子との交流秘話に涙そうそう・・・そして就寝。

 翌日は、宿から程近い「半田山自然公園」へ。名前が同じなので親近感が湧いて昨夏行ってみたところ、別世界のような美しさに感激し、一度家族に見せたいと思っていたスポット。
 平坦な道から山道に入った途端に雪道となって、標高に比例して雪の深さが増してきた。何度かハンドルを取られながらやっと公園に到着、車を降り半田沼畔を目指して雪中行軍(オーバーかな)、多分降雪の後は私たちの前には2,3人しか歩いていないようで、カンジキの足跡を頼りに沼畔へ、、、そして絶景に感動!ウサギの足跡も可愛いかったなぁ。

 福島市内に戻り、パセオ通りをブラブラ冷かそうと思っていたら、半数以上の店がシャッターを下ろしていて・・・これじゃいくら集客力を高めるプロジェクトを作っても意味ないじゃん、とガックシ・・・・・・・
 お昼はここでと決めていたラーメン屋さんも閉まっていたので、飯坂街道のラーメン店「砂馬(ざば)」へ。この店、「営業中」ではなくて「春夏冬中」という看板を掲げている洒落っけのあるところだ。店は満席で店外まで順番待ちの客が溢れていたが、それも旨さの証拠と30分以上並んでやっと空腹の胃にとんこつラーメンを入れることができた。

 少し遅い昼食後、再び社宅の部屋に戻り一休みして妻たちは帰路につくことに。
 駅まで送り、「じゃあ」と手を振ると無性に寂しさが込み上げてきた、行くほうよりも残されるほうが寂しいものだと改めて知らされる。私が実家から単身先に戻ってくる度、妻はこんな思いをしていたのかと。

 たった2日間の他愛もない出来事だったが、とても大切な何かを感じることができた貴重な時間だった。