考えるのが好きだった

徒然でなくても誰だっていろんなことを考える考える考える。だからそれを書きたい。

平和な日々はいつまでか

2006年04月20日 | 教育
 平和である。

 「教室から戻ってくるときの顔が去年より穏やかですよ。」と言われた。そりゃ、そうだ。ストレスがない。

 無遅刻無欠席。朝は、所定の時間より早く始めることができる。
 つまんない授業も一生懸命に聞いてくれる。予習をしているせいで、それなりに興味深くなるようだ。授業なんて、そんなものだよな。課題意識は、先生に言われて持つものじゃない、対象そのものから自分で抱くものさ。

 授業で、私得意?の「らりるれろ」の発音練習をさせたら、おもしろがって大きな声でやる。
 辞書を引かせると、一生懸命に調べてメモをする。(予習の段階でそこまでやってくるべきだとは言わない。)「何をして良いのかわからない人いませんか」と聞いても誰も手を挙げない。(昔はよく手が上がった。)ホントにわかってるのかなとちょっと心配な気もするが、まあ、わかっているのだろう。この頃の辞書は、二色刷だったりしてわかりやすいものが多い。
 電子辞書を使う子に、別の生徒が「紙の辞書の方がわかりやすいよ」なんて、言ってくれてる。凄く時間がかかるとも言ってたが、まあ、そんなものだ。「覚えるのだって時間がかかるからね」と言っておいた。変な顔をしていたが、でも、たぶん、引きながら綴り字を記憶することに繋がるんじゃないかなと思う。電子辞書ではこういうわけにいかない。
 授業が終わると、「先生、次のここは予習をやってくるんですか」と数名聞きにくる。(聞くまでもないだろうとは言わない。)
 学級日誌には、「予習の大切さがわかった」と何人も書く。(書くだけではダメだぞとは言わない。)

 教科書をやりながらも、中学の復習宿題や小テストもしているから、それなりに頑張ろうとも思えるようだ。動詞の活用や月、曜日、数字を書かせる程度だから、やればすぐできる。ヘッドスタートである。

 スカートが若干短くなってきた。明らかに短い生徒に「バカな上級生の真似するな」と冷たく言い放ったら、次の時には直っていた。
 「ボタンがはずれているよ」と言うと、「あ、しまった、いけない、いけない。」という顔で直す。

 いつまで続くのかな?とみんなで言っている。まだ、2週間だものね。これで部活が始まると。。。。
 なぜ、だんだん悪くなるのだろう、とは・・・・やはり言いたくなる。(理由はわかっているけれど。)

 授業をしていて、我ながら、なんて古くさい方法なんだろうと思うけれど、わからないことを自分で調べて、わかりやすいように後のことまでを自分で考えてメモをする。それで、授業に臨む。座学に関することは、世の中、これで大抵大丈夫じゃないかと思う。何でもかんでも、先生が教えてくれることを望むな。


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