kimitsuku独り言

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佐藤忠良氏の訃報に接して

2011年03月30日 | 日記
           
 彫刻家の佐藤忠良氏が、98年の生涯を終えられた。幼少期に父と死別し
母の故郷であった北海道で20歳まで過ごされた縁があり、道内に幾つかの
作品が残っている。そのひとつが1972年に開催された札幌冬季オリンピック
記念に製作された、『雪娘』と名付けられたブロンズ像
少年と見間違うスリムな体型の女性像で、遥か彼方へ眼をやり両手を高く
伸ばした若々しい彫像は、オリンピックを迎える喜びに満ちているよう。
 あのオリンピックを契機に札幌は近代化を進め、国際都市の仲間入りを
果たした。地下街が出来、地下鉄が走り、真駒内地区が発展し、冬季の
スポーツが盛んになり、何ともハイカラな街に変貌した。
オリンピック期間中は穏やかな晴天の日が続き、外国取材陣が「日本人は
天候もコントロール出来るのか」と、驚いていたと話題になった。
日本選手の活躍では、日の丸飛行隊と賞賛された70mジャンプ競技…笠井
幸生・金野昭二・青地清二のメダル独占が、今も脳裏に鮮やか。
 札幌が世界中から注目されたあの日から既に40年近い。所用で真駒内へ
行った時、『雪娘』像が建つ五輪橋を通ることがある。いつもは何気なく通り
過ぎていたが、佐藤忠良氏の訃報に接し今度あの橋を通る時は、車を止め
じっくり鑑賞してみたいと思う。
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2 コメント

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記憶の中に (ミイバーです)
2011-03-31 23:04:58
記載のような素晴らしい彫刻家がいらっしゃったのは知りませんでしたが道民の方のみならず、この健在なるブロンズ像のみられたらあの当時の素晴らしい凄かったオリンピックを思い出すでしょうね。
あのオリンピック以後、札幌は日本国中いや世界的になりましたね。
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早春の光の中で… (kimitsuku)
2011-04-01 08:53:31
札幌も此の数日で漸く春めいてきました。
これからは、公園で遊ぶ親子連れの姿が増えることでしょう。
佐藤忠良氏は98年の生涯で、多くの彫像を残しました。
希望に溢れた若々しい女性像は、早春の光の中で眺めるのが一番ふさわしいかも…。
今日から4月、被災地にも希望の春が訪れますよう…。
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