Light in June

文学やアニメ、毎日の生活についての日記。

エソルド座の怪人

2011-10-31 22:40:01 | 文学
異色作家短篇集の『エソルド座の怪人』、先日やっと読了しました。暇なとき気力のある間にちょびちょびと読み進めて、ようやく。

アイザック・シンガーとか、カブレラ・インファンテとか、トンマーゾ・ランドルフィとか、様々な国から多様な作家の作品を集めています。この三人もそうですが、(世界の文学に興味のある人にとっては)基本的には有名な作家の名前が並んでおりますが、例えばリー・アンとか、知らない名前もありました。アジアの作家はよく知らない(日本も含めて)・・・と無知を曝け出すのは露悪的であるとはいえ、それがアジアであることに、遠雷を不安に思う程度の微かな罪悪感を感じてしまう。

とまれ、おもしろかったのは、先日も言及したロバートソン・デイヴィス「トリニティ・カレッジに逃げた猫」と、レイモン・クノー「トロイの馬」、アイザック・シンガー「死んだバイオリン弾き」、ジャン・レイ「金歯」、エリック・マコーマック「誕生祝い」の5編でした。全部で11編収められているので、約半分ですね。打率5割に迫るなかなかよいアンソロジー(これ以外にも佳作はありましたが)。ホームラン級は、「トリニティ・カレッジ」と「トロイの馬」と「死んだバイオリン弾き」。ちなみに「トロイの馬」ってひょっとして『あなたまかせのお話』に入っているでしょうか、それなら既読のはずなのですが、全く記憶なし。

残念だったのは、オラシオ・キローガ「オレンジ・ブランデーをつくる男たち」とカブレラ・インファンテ「エソルド座の怪人」。図らずもどちらも有名な南米作家。前者は、後半盛り上がってくるのですが(というか興味をそそられる)、それまでの展開がどうも退屈で、少々辟易しました。ラテンアメリカ文学らしい雄渾な物語性の片鱗は確かに感じさせるのですが、しかしあくまで片鱗しか見えませんでした。後者は、引用から成る作品で、洒落が全編にちりばめられており、その意味では壮観なのですが、如何せんおもしろくない。訳者の力量には感服いたしますが、なぜこれが表題に取られているのか、意匠を凝らした通好みの遊び心ゆえなのかなあと、訝しんでいます。

引用と洒落で極彩色のようになった「エソルド座の怪人」は、ひょっとすると編者にはジョイス級とみなされてかなりの高評価を得ていたのかもしれませんが、幾つかネットのレビューを読む限りでは、文学の相当な読み手の方々でもこの作品には首を傾げておられるご様子。翻訳では凄味が伝わらないのか、それとも単なる選者の嗜好か。いずれにしろ、個人的にはこのアンソロジーのタイトルは『死んだバイオリン弾き』が相応しかったのではないかと、誠に勝手ながらそう思うわけです。作品自体は質量共に充実していますし、おまけにタイトルが幻想文学を喚起し愛好家の胸をくすぐる。

とは言うものの、全体的にはレベルが高く、基本的にはおもしろい。若島正の天才的翻訳術が光る他にも、軒並み翻訳は上等ですばらしい。まあ、原文と照らし合わせているわけではないので偉そうには言えませんが、日本語を読むだけでもある程度は分かりますからね。