ロバートソン・デイヴィスのこの短編が、ひどくおもしろかった。『異色作家短篇集』を今ちびちびと読んでいるところなのですが、ブログ・タイトルの作品もここに収録されています。
『フランケンシュタイン』を下敷きにした、ゴシック小説のパロディ的作品で、文句なしに笑える。若き科学者によって造り出された人造ネコが普通のネコの12倍の大きさで、というのはフランケンシュタインに倣っているところなのですが、しかもゴシック小説風の人語を操る、となると最早倣っているというかおちょくっているという感じです。
現代風のカレッジ・ライフにゴシック小説の仕掛けをちょこちょこと出してくるのもおもしろいし、事件の顛末の付け方も、予想通り過ぎて笑えてくる。
同書に収録のシュクヴォレツキーの短編はポーの短編を下敷きにしていたのですが、こちらはパロディというか文学的引用という風で、古典的。
別の作品を自らに巧みに取り込んで小説を書く、という手法はこれまでに何度も試みられてきたのでしょうが、大事なのはその別の作品との距離感。よく「批評的距離」という言い方がされますが、おんぶにだっこ状態で本歌取りするか、それとも十分な距離を取って批判を忍ばせるか、適度な距離感で笑いを含ませるか。それらはあるいはオマージュと呼ばれ、あるいはパロディと呼ばれ、あるいはパクリと呼ばれ、あるいは冒涜と呼ばれ・・・距離感や手法の露出の度合いによって、呼び名が様々に変わります。
今回の「猫」は、その距離感とユーモアのセンスが抜群なのでしょうね。とてもおもしろい小説でした。
『フランケンシュタイン』を下敷きにした、ゴシック小説のパロディ的作品で、文句なしに笑える。若き科学者によって造り出された人造ネコが普通のネコの12倍の大きさで、というのはフランケンシュタインに倣っているところなのですが、しかもゴシック小説風の人語を操る、となると最早倣っているというかおちょくっているという感じです。
現代風のカレッジ・ライフにゴシック小説の仕掛けをちょこちょこと出してくるのもおもしろいし、事件の顛末の付け方も、予想通り過ぎて笑えてくる。
同書に収録のシュクヴォレツキーの短編はポーの短編を下敷きにしていたのですが、こちらはパロディというか文学的引用という風で、古典的。
別の作品を自らに巧みに取り込んで小説を書く、という手法はこれまでに何度も試みられてきたのでしょうが、大事なのはその別の作品との距離感。よく「批評的距離」という言い方がされますが、おんぶにだっこ状態で本歌取りするか、それとも十分な距離を取って批判を忍ばせるか、適度な距離感で笑いを含ませるか。それらはあるいはオマージュと呼ばれ、あるいはパロディと呼ばれ、あるいはパクリと呼ばれ、あるいは冒涜と呼ばれ・・・距離感や手法の露出の度合いによって、呼び名が様々に変わります。
今回の「猫」は、その距離感とユーモアのセンスが抜群なのでしょうね。とてもおもしろい小説でした。