稽古なる人生

人生は稽古、そのひとり言的な空間

No.80(昭和62年8月13日)

2019年11月12日 | 長井長正範士の遺文


同時に後ろの右足を前に踏み込み仕方の腹のまん中を突きにゆく)仕方は前の
右足を引き分里の差で体を右向きにかわし打方の切先をそらし云々(以下省略)
とあるように、打方も亦、仕方の足運びに呼吸を合わせるように左足を前に(
仕方右足後ろに)踏み込んで腹を突いてゆく(仕方は後へ引いた左足はそのま
まで右足後ろへ体は右向きとなり体をかわす)このところが大変大事な足ずか
いなので、あえて説明を加えたので、これでも感じられたように、己れの大事
な左足の軽快な運びが如何に大切か判って貰える筈である。敢えていうと歩み
足で行動しているのであって、いちいち送り足でやっていない。

それで以前、私が申し上げているように歩み足で昔の真剣勝負をやった。この
ところ大事なことなので暫く横道にそれるが、真剣勝負に勝ち、生き残るため、
命をかけて作りあげたのが、(一刀流に限らず他のすべての流派はみんな工夫
して作った)古流の形であるから、そこに真の理合が含まれている。

昔、真剣勝負では検視の役員の前で勝負する時、先ず役員に丁重な礼をし、互
いに近ずいて、そんきょ又は片ひざをついたりして丁重な挨拶の礼を交わし(
これは決死の覚悟で殺し合いの場でも、先ず儀式としてやった)、いざいざと
立ち上がった時は、本能的に互いにずーーっと下がり引き離れたのである。

その互いの距離は必ずしも場所によって決まっていないが、相当離れた事は確
かである。そこから、じり、じりと攻め合いの勝負が始まったのであるが、今
の形はこれになぞらえて殆どが打、仕の距離が九歩であり、そこから歩み足で
攻め、一足一刀の間合(古流では生死の間合)に入る瞬間勝負を決した。

或いは両者が随分遠いところから肺腑をえぐるような何とも言えない「威声」
を出して無我夢中に走りよって、ぐさっと斬り合いした、ということを先祖か
ら聞いている。そしてその結果が深手か浅手か或いは一方的に斬ってしまった
のか、又、相打ちでガシッと剣と剣とが合った瞬間、又、お互いに後へ引いて
(本能的に)又、ジリ、ジリと攻めて勝負したらしく、先師のお話では今の竹
刀剣道のような鍔ぜり合など千に一つあるか無しの勝負であったという。

(ちなみに今の鍔せり合いはなっていない)真の鍔ぜり合いでなく、拳せり合
い、柄ぜり合い等で、これで竹刀の刃部が相手の体にくっつくが、くっつかま
いが平気で押し合い、どこを打とうか、jひょっとして打たれやせんかと迷い
乍ら思わくもし乍ら接触して平気で自分は鍔ぜり合いをしているんだぐらい思
っているから残念乍ら20秒位かかると1回めは注意を受け2回やれば直ちに反則
という悲しい結果に現在はなっている。

本当に真剣になれば竹刀剣道と雖も、うかうか鍔ぜり合いなど出きる筈がない。
竹刀がわが身に当れば斬れるから、古流をやっている者は鍔ぜり合いの瞬間、
それはそれは命がけで、瞬時持ちこたえてもさっと引き離れる(本能である)
然し、千に一つ、鍔ぜり合いで、どうにもならず引くに引けず切羽(せっぱ)
詰まって、その挙句、どちらか思いきって相手の剣を押さえ或いは剣の下を一
瞬くぐって斬るか、後へ互いに引き下がったもので、これとてそんなに長く時
間はかからなかったそうである。この辺のところ、今のテレビで立ち回りを見
るとよくわかる。

この点、殺陣(たて)師はよく古流を研究史演出している。私は良い殺陣師の
呼吸のあったチャンバラは楽しくよい勉強になる。以上、大変文面冗長にして
思わぬ脱線をしたが、このこともお話のついでに大切なことと思いわざと書き
とめておいた。了とせられよ。以下尚一刀流の足ずかいを続けたい。(続く)

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【欄外】
威声とは、国語的解釈では、おどす声、おびやかす声ということであるが、剣
道では相手がかけ声を出し、その声が終るか終らない時に、己れの方から更に
大きなかけ声を出し(相手の声におおいかぶせる如く)て威圧するかけ声であ
り、間のびしないよう心がけること。

上記の真剣の時、かけ声を出し乍ら斬ってゆくのをあえて威声と書いたのはそ
の意味である。これに関連して参考までに申し上げると、この威声の出すタイ
ミングをうまくやると大変よい事がある。それは少年の元太刀になったとき、
少年がヤーッとかけ声を出し打ってくる、その直前に、元太刀は少年の声が終
るか終らない瞬間に「ハイ」とか「ホイ」とか「ホーレッ」とか威声を出して
やり、少年をして勇んで打つ機会をこれによって与えるのである。これは威声
をうまく利用した例である。
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