Akira Inoue & Tomoko Soryo
- Two in the Wind -
映画『ウインディー』(1984)の
主題歌。
主題歌。
作者の井上鑑本人が歌っている。
声は主演の渡辺裕之(ゆうき)に
そっくりだ。
そっくりだ。
この作品、原作の泉優ニの小説
が飛び抜けて良い。
が飛び抜けて良い。
山手線の中で読んで泣いてし
まったという学生時代の友人
が単行本をくれた。
まったという学生時代の友人
が単行本をくれた。
これ読んでみよろよ、と。
こんな小説書く奴がいるんだ、
と。
と。
元チャンピオンだったロード
レース選手杉本ケイ。
レース選手杉本ケイ。
彼は10年前のヨーロッパグラ
ンプリのレースでの事故で半
身不随からようやく動けるま
で回復していた。10年かかった。
ンプリのレースでの事故で半
身不随からようやく動けるま
で回復していた。10年かかった。
そして、事故前に生まれた娘
アンナが離婚した妻とオラン
ダで暮らしていた。
アンナが離婚した妻とオラン
ダで暮らしていた。
10才になる娘アンナは夏休み
の間だけ父親に会いに来るの
が楽しみだった。
の間だけ父親に会いに来るの
が楽しみだった。
父親ケイは定住していない。
グランプリにプライベーター
として復帰するため、ヨーロ
ッパ各地を転戦する暮らしを
再開させていたのだ。
として復帰するため、ヨーロ
ッパ各地を転戦する暮らしを
再開させていたのだ。
『ウインディー』はレーシング
ライダー杉本ケイと娘アンナ
の親子の物語だ。
ライダー杉本ケイと娘アンナ
の親子の物語だ。
まだ、世界グランプリがコン
チネンタルサーカスと呼ばれ
た時代の物語。
チネンタルサーカスと呼ばれ
た時代の物語。
世界グランプリは、まるでサ
ーカスの一座の興行のように
各国各地を転戦する。
ーカスの一座の興行のように
各国各地を転戦する。
生活は、移動しながらのキャ
ンプだ。
ンプだ。
世界グランプリの転戦もまさ
にその生活様式であり、毎日
が旅だったし、食事も炊事も
寝起きもテントや車中でまか
なった。
にその生活様式であり、毎日
が旅だったし、食事も炊事も
寝起きもテントや車中でまか
なった。
人はいつしかその世界グラン
プリの参加者たちのジプシー
のような生活を「コンチネン
タルサーカス」と呼ぶように
なった。
プリの参加者たちのジプシー
のような生活を「コンチネン
タルサーカス」と呼ぶように
なった。
パドックでの煮炊きも許され
ており、人々はレース期間中
はそこで生活した。サーキッ
トが選手村のようになっていた。
ており、人々はレース期間中
はそこで生活した。サーキッ
トが選手村のようになっていた。
このコンチネンタルサーカス
は1985年あたりまで続いた。
は1985年あたりまで続いた。
グランプリフル参戦を最後に
経験した日本選手は片山敬済
氏だ。
経験した日本選手は片山敬済
氏だ。
福田照男さんもスポットなが
ら最後の期間にコンチネンタ
ルサーカスを知っている。
ら最後の期間にコンチネンタ
ルサーカスを知っている。
コンチネンタルサーカスと呼
ばれた時代とそれ以降では、
世界グランプリはまるで空気
が異なる。
ばれた時代とそれ以降では、
世界グランプリはまるで空気
が異なる。
メーカーとチームを超えた
「和」がコンチネンタルサー
カスにはあった。
「和」がコンチネンタルサー
カスにはあった。
これは、世界グランプリのコ
ンチネンタルサーカスだけで
なく国内の全日本選手権や
MCFAJのクラブマンレース
ンチネンタルサーカスだけで
なく国内の全日本選手権や
MCFAJのクラブマンレース
でも、サーキットのインサイ
ドには似た雰囲気があった。
ドには似た雰囲気があった。
サーキットではレーシングラ
イダーもメカニックもスタッ
フも、コースでは対戦相手だ
ったが、コースからピットや
パドックに戻ると、皆がとて
も仲が良く、まるで家族親戚
のようだった。
イダーもメカニックもスタッ
フも、コースでは対戦相手だ
ったが、コースからピットや
パドックに戻ると、皆がとて
も仲が良く、まるで家族親戚
のようだった。
助け合い、協力し合う。そこ
に打算は無い。
それは、この曲で歌われてい
るようなインサイド ミーに
おいてもそれに全身で感応し
ていた。
人の夢と希望に満ちた空間だ
った。
に打算は無い。
それは、この曲で歌われてい
るようなインサイド ミーに
おいてもそれに全身で感応し
ていた。
人の夢と希望に満ちた空間だ
った。
あの空気がサーキットは最高
だった。
だった。
否、レースという過酷な勝負
の世界でそうした人と人との
真実の和が存在する真実の場
所がサーキットだった。
の世界でそうした人と人との
真実の和が存在する真実の場
所がサーキットだった。
間違いなく、かけがえのない
事が存在するかけがえのない
場所だった。
今は、その空間は、無い。
事が存在するかけがえのない
場所だった。
今は、その空間は、無い。