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歴史の教訓とアナロジー

2021年12月02日 | 研究活動
国家の指導者は、過去に起こった出来事を頼りにして対外政策を決定することがあります。その際、「歴史のアナロジー」は、政策決定者にとって、しばしば、よきガイダンスになります。無政府状態(アナーキー)において、国家は高い「不確実性」と格闘しなくてはなりません。政策決定者は、我が国が直面する問題はどのような性質なのか、ある政策を選択した場合に相手国はどのような対応をとるか、採用した政策は問題解決につながるか、といった一連の問いを発しながら、その答えを探りあてていかなければなりません。その一方で、いかなる選択や決定をしたにせよ、その結果がどうなるかは、究極的には分かりません。そのため政策決定者は、実行可能な選択肢を分析するとともに、それらの中から、どれを選ぶのかを決める際には、何らかの手掛かりになるようなものを欲するのです。その1つが「歴史のアナロジー」です。アーネスト・メイ氏は、古典的な名著『歴史の教訓―戦後アメリカ外交分析—』(進藤榮一訳)中央公論社、1977年(原著1973年)において、その冒頭で「外交政策の形成者は、歴史が教えたり予告したりしていると自ら信じているものの影響をよく受ける」(iページ)と喝破しています。

歴史のアナロジーは、政治家が実際の意思決定の際にしばしば参照しているといわれているにもかかわらず、政治学において、このテーマは多くの学者の関心を引くものとは必ずしもいえないものでした。このことは、政治学者が「歴史のアナロジー」をまったく研究してこなかったというのではありません。「歴史のアナロジー」に関する既存の研究には、目を見張るような素晴らしいものもあります。その1つが、Y.F.コーン氏(シンガポール国立大学)による『戦争におけるアナロジー—朝鮮戦争、ミュンヘン会談、ディエンビエンフーと1965年におけるヴェトナム介入の決定―』プリンストン大学出版局、1992年です。



本書におけるコーン氏の主張は明快です。アメリカの指導者は、ヴェトナム戦争への軍事介入に関する政策決定を行う際、朝鮮戦争と戦間期のミュンヘン会談を歴史のアナロジーとして使用したというものです。1965年、ジョンソン政権はヴェトナム戦争への対応を深く検討していました。そもそもヴェトナム戦争は、フランスが同国の再支配を狙って、第二次世界大戦後、独立を求めるヴェトナムと戦ったのが起源です。ヴェトナムの独立への意志は強く、また、ヴェトミンの士気は高く、1954年、フランス軍はディエンビエンフーの戦いに負けたのを契機に敗退することになりました。フランスに代わってヴェトナム問題に深くかかわったのが、アメリカでした。アメリカは共産主義の拡大を封じ込める戦略をとっていましたが、アイゼンハワー政権は、共産化した「北ヴェトナム」に対抗する軍事介入を行いませんでした。その主な理由の1つが、「朝鮮戦争のアナロジー」でした。アイゼンハワー大統領は、アメリカが東南アジア諸国を共産主義から守るために、ヴェトナムに単独で介入することは、中国との全面戦争を招きかねないと懸念をしたのです。つまり、「朝鮮戦争の二の舞はご免だ」という意識が、アイゼンハワー政権にヴェトナムでの戦争を思いとどまらせたということです。次のケネディー政権は、「南ヴェトナム」に支援や助言を行いましたが、戦闘部隊は派遣しませんでした。その決定に影響を与えた「アナロジー」が、「マラヤのモデル」です。イギリスは大規模な軍事オペレーションではなく、マレーシアにおける共産ゲリラの活動を補給路を断つなどの作戦によって鎮圧しました。ケネディ政権は、共産主義勢力の南ヴェトナムへの浸透を止めることに腐心していましたが、朝鮮戦争のような軍事介入を避けつつも、上記のような政策オプションで、その目的を達成しようとしたのです。

ジョンソン政権は、アメリカにとって悪化する一途をたどるヴェトナム情勢への対応を迫られました。ジョンソン大統領および多くの側近が、ヴェトナムへの軍事介入を議論する際に頼ったアナロジーは、「朝鮮戦争」と「ミュンヘン会談」でした。ジョンソン政権の意思決定者は、「ミュンヘン会談」のアナロジーにとらわれていました。そして、このアナロジーは、有名な「ドミノ理論」の基礎にもなりました。ソ連や中国の手先である北ヴェトナムは、共産主義を拡大する現状打破勢力であり、ひとたび南ヴェトナムが共産主義者の手に落ちれば、周辺のアジア諸国が次々と共産化していくというロジックです。こうした悲劇的な結果になることを避けるためには、ドミノの最初のコマである南ヴェトナムを北ヴェトナムから、軍事力を使ってでも、守らなければならない。ミュンヘン会談の失敗が示すように、侵略国との対話は無駄であるばかりか、かえって戦争を助長することになる。したがって、アメリカは北ヴェトナムとは交渉しないということになります。

ジョンソン大統領は、朝鮮戦争のアナロジーを使って、アメリカのヴェトナムへの軍事介入が、中国の参戦を招くことを恐れていました。このためジョンソン政権は、ヴェトナムへの対応を決める際に、北ヴェトナムを屈服させるための大規模な戦略空軍の展開には慎重でした(その後、アメリカは「北爆」に踏み切ることになりますが)。なぜなら、中国と国境を接する北ヴェトナムを航空戦力で攻撃すると、中国を刺激することになり、朝鮮戦争の時にように、同国の介入を招くことになると推察したからです。これに代わって、同政権が採用したオプションは、ヴェトコンに軍事的なプレッシャーを与える陸上兵力の派遣でした。なお、ヴェトナム戦争の意思決定において、孤軍奮闘、ディエンビエンフーのアナロジーを引き合いに出して、アメリカの軍事介入に反対したのが、ジョージ・ボール国務次官代理でした。かれは、フランス軍がゲリラ戦で手痛い敗北を喫したことを重視して、アメリカはジャングルでのゲリラ戦ではヴェトコンに勝てないことなどを根拠にして、陸上兵力をヴェトナムに投入することに異を唱えたのです。しかしながら、かれの異論は、ジョンソン政権内では受け入れられませんでした。

このように「朝鮮戦争とミュンヘン会談のアナロジーは、ジョンソン政権によって引き出された推論を強固に形成した」のです。これらのアナロジーは、アメリカの政策決定において、ヴェトナム戦争の性質、アメリカのヴェトナムにおける利害、軍事介入の展望を規定する要因となりました。コーン氏によれば、「ヴェトナムにおける紛争は、外部からの侵略の事例として定義されるものである。ここでの政治的利害は、ミュンヘン会談や朝鮮戦争と時と同じように高く、軍事介入は適切な政策であり、成功する見込みがある…軍事介入は必要なのだ」(上記書、252-253ページ)ということです。

その後、アメリカはヴェトナム戦争をエスカレートさせて、北ヴェトナムを屈服させようとしましたが、結局、失敗に終わりました。アメリカは北ヴェトナムに負けたのです。ヴェトナム戦争は、6万人近いアメリカ兵の死者をだしただけでなく、北ヴェトナムの市民やゲリラ兵にも、おびただしい死傷者をだす悲劇となってしまいました(推定200-300万人)。そして、今度は「ヴェトナムのアナロジー」が、アメリカの政治指導者の行動を束縛するように作用しました。冷戦後の湾岸戦争の際、ブッシュ政権は、泥沼のヴェトナム戦争の再来を避けようとして、イラク軍をクウェートから放逐した後、イラク国内に侵攻しませんでした。こうしたアメリカの抑制は、多かれ少なかれ、ヴェトナム戦争での失敗の経験に導かれたものだったのです。

コーン氏によるヴェトナム戦争におけるアナロジーの政策決定に対する影響の分析は、「歴史の教訓」へ警告ともなっています。一般的に、われわれは失敗を繰り返さないために「歴史に学べ」といわれます。しかし、「歴史に学ぶ」ことは、成功にも失敗にもつながるのです。かれはこういっています。

「アナロジーの使用者による判断ミスは、同じプロセスから生じたものであっても、別に機会では正しい判断を可能にする。こうした見方をすると、いやおうなしに、『歴史から学ぶこと』を行ってきた大半の研究者より、悲観的にならざるを得ない。国際問題におけるアナロジーを使った推論は、ヴェトナム介入の事例が示すように問題含みであるとするならば、また、こうした問題は人間が情報処理を行う戦略を単純化する結果であるとする、認知心理学者の主張が正しいとするならば、政策決定者は闇に包まれていることになる」(上記書、257ページ)。

このように『戦争におけるアナロジー』は、国際危機における国家の政策決定が、歴史のアナロジーに強く影響されていることを明らかにするのみならず、「歴史の教訓」を政策の成功につなげるのは、そう単純ではないことも示唆しています。

本書が公刊されたのち、政策決定におけるアナロジーの影響に関する研究は、進展を見せています。コーン氏のアプローチは、ジョンソン政権におけるヴェトナムへの介入を深く広く観察する定性的な事例研究によるものでした。他方、アメリカの対外援助政策の決定過程におけるアナロジーの役割を定量的に分析した研究では、興味深い知見が導かれています。すなわち、国家の指導者は、いわれているほど頻繁にアナロジーを使わないのみならず、アナロジーの役割は、既存の研究において、過大評価されているというものです(Marijke Breuning, "The Role of Analogies and Abstract Reasoning in Decision-Making: Evidence From the Debate Over Truman's Proposal For development Assistance," International Studies Quarterly, Vol. 47, No. 2, June 2003)。

国際関係研究では、このように政策決定におけるアナロジーの影響や「歴史の教訓」の引き出し方について、さまざまな学者が議論を展開しています。アナロジーについての研究の余地はまだまだ残されており、今後、きっと新しい知見が提出されることになるでしょう。コーン氏のアナロジーの研究は、30年ほど前のものですが、わたしの印象では、政治学や歴史学、認知心理学を全面的に取り込んで、戦争の意思決定におけるアナロジーの因果効果を明らかにする画期的なものであり、歴史の読み物としても価値が高いものです。ジョンソン政権のヴェトナム戦争への軍事介入の決定は、歴史の後知恵を使えば、強く非難できますが、同書を読むと、さまざまな政策決定者たちが、アナロジーに頼りながらも、高い不確実性のもと、さまざまな選択肢を深く考慮しながら意思決定を行ったことが理解できます。ジョンソン政権のヴェトナム戦争に関する政策決定は、ケネディ政権のキューバ危機における意思決定に比べると、民主的で開かれたプロセスで行われたというより、閉鎖的であったために上手くいかなかったといわれることがあります。しかし、同書を読むと、必ずしも、そうとはいえない気がします。意思決定の開放・閉鎖性に関する分析は、「成功」した政策決定は民主的であり、「失敗」した政策決定は非民主的であったとする、トートロジーの「罠」にはまっている可能性がありそうです。

『戦争におけるアナロジー』は、ひと昔の政治学の学術書ですが、今でも読む価値のある図書だと思います。
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