昨日は、「海鳥の詩」の2曲目「エトピリカ」の楽譜の画像データを、カワイのスコアメーカーの楽譜データに変換していると、いきなりパソコンの電源が落ちると書きましたが、今日はスコアメーカーを立ち上げてもいないのにいきなりパソコンの電源が落ちるという不具合が発生しました。これは昨日のブログはスコアメーカーにとってとんだ濡れ衣で、パソコン自体の寿命が近づいているのかもしれません。
閑話休題。廣瀬量平氏の「海の詩」は私が高校へ入学する前の年のNHK全国学校音楽コンクールの高校の部の課題曲として「海はなかった」が作曲され、その後合唱組曲「海の詩」として完成したように認識しています。「海鳥の詩」は私が高校を卒業するとしか卒業した後で出版された合唱組曲で、私自身は高校卒業後は合唱から離れていたことから、「海の詩」も「海鳥の詩」も、仕上がった状態で歌ったことは一度もありません。どちらの合唱組曲もある時期は日本全国で盛んに歌われた人気の作品だったと思っています。廣瀬量平氏の作品は当時も今も、なかなか前衛的な雰囲気を上手く取り込んだ、アヴァンギャルドな魅力があると思っています。ただ、「海の詩」には「シーラカンス」と言うグラフィカルな記譜法を駆使した作品も含まれていることが、アマチュア合唱団が取り組む上でのハードルを挙げていると思います。実際に演奏しようと思って作曲者の意図を楽譜上で良く良く考えてみると、決して難しくはないと思うのですが、普通の音符による記譜法に慣れきった指導者が食わず嫌いで敬遠しているのだろうと思います。少々残念なので、是非興味を覚えられた方は「海の詩」の演奏に取り組んで頂きたいと思います。
「海の詩」に比べると「海鳥の詩」は廣瀬量平らしいアヴァンギャルドな和声の魅力を十分に備えたまま、オーソドックスな成り立ちなので抵抗なく演奏されていると思います。当たり前のことですが同じ作曲家の作品なので、「海の詩」の和声と「海鳥の詩」の和声には共通するものがあり、非常に良く似ている部分もあると思います。それでいて「海の詩」は海と関わる人間の営みが歌われていて、中には古の邪馬台国を思い起こさせる曲もあり、空間だけでなく時間軸の広がりもある組曲になっています。一方で「海鳥の詩」の主人公は全て海鳥で人間は登場しません。また北の海鳥限定で北海道のご当地ソングともいえます。そして時間軸のパースペクティブは特に描かれていません。過去・現在・未来で言えば現在形の世界だと思います。それでも鳥を主人公に自然を描くことで時代を越えた普遍性を有する組曲になっていると思います。
廣瀬量平氏の作品はスケール感で言えば團伊玖磨氏の作品に一歩譲るかもしれませんが、より現代的な和声感が魅力で、構成力ではほぼ互角、繊細さでは廣瀬氏が一歩勝るというところでしょうか。
閑話休題。廣瀬量平氏の「海の詩」は私が高校へ入学する前の年のNHK全国学校音楽コンクールの高校の部の課題曲として「海はなかった」が作曲され、その後合唱組曲「海の詩」として完成したように認識しています。「海鳥の詩」は私が高校を卒業するとしか卒業した後で出版された合唱組曲で、私自身は高校卒業後は合唱から離れていたことから、「海の詩」も「海鳥の詩」も、仕上がった状態で歌ったことは一度もありません。どちらの合唱組曲もある時期は日本全国で盛んに歌われた人気の作品だったと思っています。廣瀬量平氏の作品は当時も今も、なかなか前衛的な雰囲気を上手く取り込んだ、アヴァンギャルドな魅力があると思っています。ただ、「海の詩」には「シーラカンス」と言うグラフィカルな記譜法を駆使した作品も含まれていることが、アマチュア合唱団が取り組む上でのハードルを挙げていると思います。実際に演奏しようと思って作曲者の意図を楽譜上で良く良く考えてみると、決して難しくはないと思うのですが、普通の音符による記譜法に慣れきった指導者が食わず嫌いで敬遠しているのだろうと思います。少々残念なので、是非興味を覚えられた方は「海の詩」の演奏に取り組んで頂きたいと思います。
「海の詩」に比べると「海鳥の詩」は廣瀬量平らしいアヴァンギャルドな和声の魅力を十分に備えたまま、オーソドックスな成り立ちなので抵抗なく演奏されていると思います。当たり前のことですが同じ作曲家の作品なので、「海の詩」の和声と「海鳥の詩」の和声には共通するものがあり、非常に良く似ている部分もあると思います。それでいて「海の詩」は海と関わる人間の営みが歌われていて、中には古の邪馬台国を思い起こさせる曲もあり、空間だけでなく時間軸の広がりもある組曲になっています。一方で「海鳥の詩」の主人公は全て海鳥で人間は登場しません。また北の海鳥限定で北海道のご当地ソングともいえます。そして時間軸のパースペクティブは特に描かれていません。過去・現在・未来で言えば現在形の世界だと思います。それでも鳥を主人公に自然を描くことで時代を越えた普遍性を有する組曲になっていると思います。
廣瀬量平氏の作品はスケール感で言えば團伊玖磨氏の作品に一歩譲るかもしれませんが、より現代的な和声感が魅力で、構成力ではほぼ互角、繊細さでは廣瀬氏が一歩勝るというところでしょうか。