フランツ・リストと言えば作曲家として以上にピアニストとしての印象が強いのではないでしょうか。作曲家としては交響詩という分野を創ったとして高く評価されています。とは言え、フランツ・リストの声楽作品を思い浮かべる人は少ないのではないでしょうか。ピアノ作品として有名な「愛の夢(O lieb so lang du lieben kannst, S.298)」は、実は声楽作品=歌曲として作曲されています。声楽作品が有名ではない作曲家の声楽作品にも興味はあって、イタリア語、ドイツ語、フランス語系であれば積極的にあまり有名ではない作曲家の歌曲も聞く(CDを購入する)様に努めて来たつもりです。リストの歌曲のCDも持ってはいます。
ところが、リストの宗教曲については全く知識もイメージも持ち合わせていませんでした。日課的に眺めているインターネットのCDオークションサイトで、たまたまリストの「ミサ・ソレムニス」が廉価で出品されているのを見つけたので、先ずは入札してみました。すると他に関心を示す人がいなかったのか最初の入札価格(郵送代よりも安い)で落札できました。
「ミサ・ソレムニス」と言えば古今の多くの作曲家が作曲している、カトリックの典礼に則った正式な宗教曲です。とは言っても「ミサ・ソレムニス」と言えば、少なくとも私にとっては何と言っても、ベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス 作品123」こそが「ミサ・ソレムニス」です。なので、リストの作品に限らず「ミサ・ソレムニス」と言えば、どうしてもベートーヴェンの「作品123」と比較してしまいます。
私にとっては、ベートーヴェンの最高傑作は「交響曲第9番作品125」ではなく、「ミサ・ソレムニス作品123」です。少なくとも、弦楽四重奏などの他のジャンルの作品にまだ私の知らない真の最高傑作が存在するかも知れませんが、「第9」と「ミサ・ソレムニス」とを比較すれば「ミサ・ソレムニス」の方により魅力を感じます。歌う機会があれば何度でも合唱を歌いたい作品です。神奈川フィル、金聖響指揮で合唱を歌ったことがあります。リハーサルの際にマエストロ金が言っていましたが、演奏を終えて聴衆の方を向くと寝ているお客さんが結構いる。ベートーヴェンの「第9」は1楽章から3楽章まで聴衆はひたすら忍耐して、4楽章に入ってそれまでの抑圧が一期に開放されて爆発して終わるイメージがありますが、「ミサ・ソレムニス」はどちらかと言うと前半の方がドラマチックで、後半は静かに落ち着いて終演にたどり着くイメージです。なのでベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」では終演の頃に眠りに落ちる聴衆も出てくるだろうと思います。
さて、リストの「ミサ・ソレムニス」です。「ミサ・ソレムニス」と言えばカトリックの典礼音楽の中でも最も格付けが高いと思います。従って古今の作曲家が作品を残していますが、ベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」の完成度が高すぎて、ベートーヴェン以外の「ミサ・ソレムニス」が霞んでしまっている感は否めないと思います。その中ではリストの「ミサ・ソレムニス」は中々良い作品だと思います。さすがにベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」を凌駕する作品と言おうとは思いませんが、中々よく出来た傑作と言っても良いと思います。一言で言えば何処にも破綻のない、良くまとまった作品です。ベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」が前半がドラマチックで後半は静かに落ち着いた雰囲気ですが、リストの「ミサ・ソレムニス」は全曲を通じて緊張と弛緩が適度に交代しながら終演までたどり着くので、飽きずに眠らずに済みます。
それぞれの「ミサ・ソレムニス」を初めて聞く方であっても、聞き比べればベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」の方が古い時代に作曲され、リストの「ミサ・ソレムニス」の方が新しい時代に作曲された作品であることは判ると思います。いずれにせよ、ベートーヴェンにしろリストにしろ、「ミサ・ソレムニス」という作品の性格からやや保守的な表現になっていると思います。その意味では破綻がない完成度の高さはベートーヴェンの作品にしろリストの作品にしろ、遜色は無いと言えるでしょう。ベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」が古典派音楽の範疇の中で完成度を高めているのに対し、リストの「ミサ・ソレムニス」はその和声の響きから様々にロマン派音楽のある意味濁りのある新しい和声の響きの可能性を広げる試みを行っているように感じます。しかしそうは言っても「ミサ・ソレムニス」という作品に求められる格式から決して矩を越えていない完成度の高さとして結実していると思います。
もっと人気が出ても良いと思うのですが、リストの「ミサ・ソレムニス」を演奏するなら、同じ「ミサ・ソレムニス」ならベートーヴェンの作品を、リストの作品としてということであれば「交響詩」等を取り上げた方が、日本ではチケットがハケるということでしょうか。「ミサ・ソレムニス」を聞こうと思い立ったときにどちらを選ぶかと言えば、気力・体力ともに充実して元気な時はベートーヴェンの作品を、そうでは無い時・さほど元気が無い時はリストの作品のほうが聞き疲れがしない様に思います。