生涯を完結させるまでに歌いたい歌、最近始めたヴァイオリンとフルートはどこまで演奏できるようになるか、と時々ワンコ

死は人生の終末ではない。 生涯の完成である。(ルターの言葉)
声楽とヴァイオリン、クラシック音楽、時々ワンコの話。

ロシアの雄 ホロストフスキー氏逝く

2017-11-26 21:27:37 | 合掌

 驚きました。ディミトリー・ホロストフスキー氏の訃報をネット上のニュースで見て、わが目を疑いました。享年55歳、まだ10年ぐらいはオペラの第一線でも活躍できるだろうと思っていました。2015年に脳腫瘍と診断され闘病しつつ舞台に立ち続けたとありました。

 残念ながら生演奏を聴く機会はなくなってしまいました。がCDや動画サイトの音源などで様々な声楽曲を聴いて来ました。美声です。また映像を見る限り恵まれた体格で押し出しも強く、オペラでの舞台映えも十分すぎるほどだと思います。ということでオペラ歌手としても間違いなく超の付く一流歌手だと思いますが、歌曲を聴くと実にクレバーな構成を歌い上げている曲作りに感心させられます。力任せというか声任せではなく、無論素晴らしい声を持っているので美声にもほれぼれさせられますが、かなり緻密に曲を分析して論理的に積み重ねて曲を仕上げていることにも気づかされます。

 更にネット上の動画サイトでは、ポピュラー的な作品を、赤軍楽団とでも言うのでしょうかロシアの軍服を着た楽員たちのオーケストラと共に歌っている音源なども多数あって、間口も広く奥行きも深い、素晴らしい歌手だったと思います。体格に恵まれ更に彫の深い=頭蓋の共鳴空も高く且つ奥行きが深いロシア人男性の低音の魅力は、日本人や東アジア人には逆立ちしても出せないものですね。

 一人のファンとして冥福を祈ります。また音源やオペラの画像も、まだ聴いていない、観ていない作品が多数ありますので、鑑賞したいと思います。


たまにはワンコの話。 犬の背中と腰の境界は?

2017-11-19 21:55:49 | ワンコ

 我が家の愛犬は、ロングコートチワワのリリ姫です。ロングコートというのは長毛種のことで、チワワにはスムースコートとも呼ばれる短毛種も存在します。原種に近いのはスムースコートで、ロングコートはスムースコートのチワワにポメラニアンとかパピヨン等の小型の長毛種を掛け合わせて品種改良された様です。欧米ではスムースコートの方が人気があるそうですが、日本ではロングコートの人気が高いようです。私自身はスムースコートチワワの方が好きだったのですが、連れ合いの好みでロングコートチワワを飼うことになりました。(少なくとも日本の)女性はロングコート種が好きなようです。

 さて、今日のテーマの犬の背中と腰の境界なのですが、我が家のリリ姫の背中を見ると、首の後ろから胴体の長さの半分程度まで、被毛の流れが体の中心(背骨の真上)から左右に流れて、分け目が出来ています。ところが胴体のお知りに近い方は被毛の流れは左右ではなく後ろ、おしりに向かって流れています。左右に流れて分け目が出来ているところは、ちょうど肋骨があるところまでで、その部分が背中。その後の部分が腰になるのかなと思った次第。

 スムースコートチワワの被毛の流れも我が家のリリ姫と同じなのか違うのか、興味がありますね。また人間の体毛が流れる向きも背中の部分は左右に流れ、腰から下では下向きになっているものでしょうか。


フルートのレッスンに行って来ました。アルテ第1巻終了しました。

2017-11-12 23:14:13 | レッスンに行ってきました

 フルートのレッスンに行って来ました。2月からフルートを始めて9か月でアルテ教則本の第1巻を無事終了しました。一般論としては、アルテ教則本の第1巻を終了するのに1年から2年程度かかるそうです。フルート専攻で音大を受験するにはアルテの第2巻を終了している程度の技量が必要という話も聞いたことがあります。なので、第1巻を9か月で終了できたのは過去の声楽を勉強してきた成果があるとつくづく思います。

 ということで、アルテの第2巻に進む前にガリボルディのミニヨンエチュードOp.131を勉強することになりました。日本フルートクラブ発行のアルテ教則本第1巻の巻末にはこのガリボルディのミニヨンエチュードも記載されているそうですが、私はアルテ教則本をペトルッチ(IMSLP)からダウンロードして印刷して使っていたので、日本フルートクラブ発行のガリボルディのミニヨンエチュードを購入しました。ショパンのピアノエチュードもそうですが、ガリボルディのフルートエチュードも、単なる練習曲ではなく、一つの音楽作品として、小品ではあるけれどなかなか魅力的な旋律です。N原先生が模範演奏をしてくれましたが、演奏技術だけでなく音楽性の勉強になります。音楽性を勉強するためにもガリボルディのミニヨンエチュードを指定したとおっしゃっていました。その意味が良くわかります。アルテの第1巻の練習曲であっても当然音楽性を意識した演奏は出来るわけですが、アルテの第1巻ではそれぞれの音程の発音や、指使い等の訓練という意味も少なくはありませんが、ガリボルディのミニヨンエチュードはより音楽性が求められます。音楽性を意識して吹奏するからこそ演奏技術の勉強になるわけです。譜面面を単になぞるだけでは特段の練習にはならないですね。やはりどんなエチュードを勉強するにしてもきちんとした指導者のレッスンを受けることが重要ですね。


聴いて来ました。 大久保光哉バリトンリサイタル

2017-11-05 22:12:28 | 聴いて来ました

 「大久保光哉バリトンリサイタル」を聴いて来ました。大久保氏は二期会会員で様々なオペラ(邦人作品や初演等)で活躍されています。今回のプログラムはシェーンベルク、石桁真礼生氏、北欧のステンハンメル、ラングストレーム、グリーグ、シベリウスと、かなりマニアックなラインナップでした。まあ、だからこそ聴きに行ったわけですが。

 さすがは現役のオペラ歌手だけあった、最初のシェーンベルクから所謂フルボイスの、オペラのハイライトの様な力の入った歌唱でした。歌う方も大変だろうけれど、正直聞く方もつかれます。躁状態が去った後のうつ的に落ち込んだ精神状態の私にとっては、正直重すぎますね。休憩をはさんで第二部の北欧歌曲になっても、ご丁寧に全ての歌曲の日本語訳が用意されていて、結構重い内容でした。ここ一年器楽に走っている身としては、歌詞の無い器楽の方が作品の抽象性が高く、音楽が結晶化しているというか純化しているので、作品との距離感を調整できる自由度が高いと思います。

 絵画に例えれば歌詞のある声楽作品は写実画、精密画、具象画であって、一方器楽作品の殆どは抽象画、あるいは幾何学模様の様なものではないかと思います。声楽を勉強していた時は歌詞を良く理解して、そこに描かれている世界を如何に再現するかに夢中になっていましたが、今はその具体性がものすごく重苦しく感じます。器楽の抽象性、客観性、物語から自由でいられることの有難さを逆説的に再確認したバリトンリサイタルでした。