<特集ワイド>
相棒、復活
「傍流」への共感、割り切れぬ結末で余韻
国民的人気の刑事ドラマ「相棒」に再び、注目が集まっている。主人公、杉下右京の初代相棒、亀山薫が14年ぶりに再登板。名コンビの復活は、ドラマが終わる予兆ではないかと気をもむファンもいる。
なぜ、ドラマはこれほど愛されるのか。相棒を演じる水谷豊さん(70)と寺脇康文さん(60)に会い、人気の秘密を探った。
衣装を着た右京役の水谷さんと亀山役の寺脇さんを目の前にすると、物語が始まるような臨場感があった。英国調の三つボタンのスーツできめた水谷さんは落ち着き払い、ミリタリージャケット姿の寺脇さんには今にも現場に駆け出しそうな躍動を感じる。
写真撮影のためカメラを向けると、寺脇さんが愛嬌(あいきょう)たっぷりのポーズで応えた。すかさず水谷さんが「亀山君、今のポーズは採用されないと思いますけど」と批評し、ドラマさながらの名コンビぶりを見せる。
ドラマは警視庁が舞台。推理と洞察に優れた右京は切れ者すぎるがゆえに「特命係」という窓際に追いやられ、相棒の刑事と組んで難事件を解決する。2002年からレギュラー放送され、歴代シリーズの最高視聴率は23%を超える。
水谷さんに右京の魅力を自己分析してもらうと、「世間の常識とは違っていても、ぶれずに正義を貫いている。決して友達にしたいタイプではないですが」と話す。
メディア文化評論家の碓井広義さん(67)は、20年を超える相棒人気を分析してきた。「時代の変化が激しい中で、チャンネルを合わせれば一貫して変わらない右京がいる。それが視聴者にとっての幸せなんです」。
右京は決して、捜査1課の花形刑事でも、重大事件を指揮するエリートでもない。主人公が「傍流」であることが、国民的人気を得る重要な要素だという。
碓井さんは「特命係とは名ばかりで、特別な任務が与えられているわけではありません。組織から烙印(らくいん)を押されて隅っこに追いやられても、活躍する姿を見ると視聴者はすかっとする。私たちの社会でも、みんなが王道を歩んでいけるわけではない。だから共感を呼ぶし、応援もしたくなる」と解説する。
寺脇さんは「特命係に実権はないが、しがらみもない。そんたくせずに正しいと思ったことをやり遂げることができる」と語り、水谷さんは「特命係の2人がいるような組織って、一つの理想だと思います」と付け加えた。
気にかかっていることがあった。今夏の週刊誌のインタビューで、水谷さんが<彼が最後の相棒になるのは間違いありません>と語っていたことだ。彼とは亀山のことで、最後とはどういうことか?
その真意を尋ねると、水谷さんはこう語った。「感覚的なものですね。ドラマの最後は亀山君ともう一回、一緒にやるというイメージがあったんです。14年前に亀山君が特命係を出て行った時、彼が戻ってきて一緒にやる日がきたら、それは『相棒』が終わる頃だろうと思っていました。右京としても、僕としても」
そのイメージは、4代目の冠城亘(反町隆史さん)に次ぐ相棒を想定した時に具体化したという。水谷さんは「冠城君の次の相棒が想像できなかったんです。これだけドラマを長く続けてきて、さらに前に進むにあたり、相棒として亀山君が戻ってくること以外に考えられなかった。それはプロデューサーも同じだと思います」と説明する。
これが終わりの序章だとすれば、コンビの掛け合いをもっと見たくなる。寺脇さんは、右京から「君がいてくれて助かりました」というせりふを聞くとうれしいと明かし、水谷さんは「右京が右京らしく生きられるのは、相棒がいるからなんです」と返す。
右京の個性は、全く違うタイプの相棒を隣に置くことで際立っている。その最たる存在が直情径行の亀山だと指摘する碓井さんはさらに、これは推理ドラマの典型的な手法でもあると続けた。
「古くはシャーロック・ホームズの友人ワトソンのように、名探偵には相棒がつきもの。この普遍的な関係を、現代の警視庁を舞台に再現したところが新鮮だった」
碓井さんは「相棒はまるで、伝統を継承する和菓子屋さんのようです。脚本も演出も演技も、すべて職人芸。変わらない味を守りつつ、時代によって新しい要素を組み入れて常に進化している」と評価する。
亀山の復帰作となった今シーズンの第1話。亀山は、腐敗政治を正す女性活動家1人の命と、旅客機テロの標的とされる妻を含む150人の命、どちらを守るかを迫られた。この場面については、ファンの間でも意見が交わされた。
寺脇さんは「見ているみなさんがドラマで起こることをリアルに感じ、議論してくれる。価値観は一つではないから、見る人によって100通りの意見があっていい。時代や社会と連動しているドラマだと思います」と話す。
14年前も今も、変わらないことがある。撮影の朝、メーク室での2人のルーティンはアドリブの相談だ。「脚本家さんにつくってもらった会話を生きた言葉にしていくのが豊さんと僕の役割です」と寺脇さん。水谷さんはそれを「血を通わせる作業」と表現する。
相棒の命と言えるのは、綿密な脚本だろう。基本的に1話完結。複数の脚本家が入れ替わり執筆するところが特徴となっている。水谷さんは「第一に脚本が大事なんです。相棒は脚本家も監督も複数いるので、時代や人、社会へのさまざまな視点が作品に反映されている」と話す。
そんな多様性を重んじるドラマで目を引くのが、事件を解決する山場。一般的な刑事ドラマといえば、容疑者を逮捕することで悪を断罪する。ところが相棒においては、容疑者を懲らしめることで全てが解決するほど単純ではない。どの放送回を思い浮かべても「勧善懲悪」という紋切り型のラストではなく、割り切れなさが余韻として残る。
碓井さんはうなずき、こう続けた。「リアルな人間社会では、全てがマルとバツ、白と黒では片付けられないことが多い。何が正解かを簡単には言えない世の中です。そういうグレーな社会を反映したラストだから、視聴者は納得がいくのではないでしょうか」。
確かに、「予定調和」ではないからこそ飽きることがなく、また次の放送回も楽しみになる。
「この相棒、午後の再放送を見ていると癖になるんです。面白くて、つい見入ってしまう」。主演の水谷さんまで夢中にさせるとは。相棒中毒、おそるべし。【榊真理子】
(毎日新聞 2022.12.20夕刊)