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碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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今年のドラマ界を振り返る  作り手の挑戦に拍手

2022年12月03日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

碓井広義の放送時評>

今年のドラマ界を振り返る 

作り手の挑戦に拍手

 

12月に入った。今年のドラマ界を振り返り、強く印象に残った作品を挙げてみたい。

1本目は「妻、小学生になる。」(TBS-HBC、1~3月放送)。10年前、新島圭介(堤真一)は妻の貴恵(石田ゆり子)を事故で失った。以来、圭介も娘の麻衣(蒔田彩珠)も無気力なままだ。ある日、父娘の前に見知らぬ小学生・万理華(毎田暖乃)が現れ、自分は「新島貴恵」だと主張する。実は貴恵が万理華の体を借りて一時的に現世に戻ったのだった。

この奇抜な設定は、「生きるとは何か」というテーマのためだ。人は結末の見えない有限の時間を生きている。その時間の使い方の中に生きることの意味を見いだせるのだと、このドラマは伝えていた。

次が「17才の帝国」(NHK、5~6月)である。舞台は近未来の日本。ある地域の政治を、人工知能(AI)が選んだ若者たちに託す実験が行われる。「総理」は17才の高校生、真木亜蘭(神尾楓珠)だ。彼が実現しようとする純粋な政治と、それを苦々しく思う旧来の政治家たちの対比にリアリティーがあった。物語として納得のいく決着に至らなかった感はあるが、独自の世界観を提示する意欲作だった。

3本目は以前この欄でも取り上げた「あなたのブツが、ここに」(NHK、8~9月)。主人公は小学生の娘(毎田暖乃)を育てるシングルマザーの亜子(仁村紗和)だ。キャバクラ店で働いていたが、宅配ドライバーに転身するという物語。生きることに投げやりだったヒロインが、仕事や私生活の困難を乗り越える中で、徐々に自分の人生を肯定できるようになっていく。

これまでもコロナ禍を背景として取り込んだドラマはあった。しかし、この作品はコロナ禍に揺れる社会の現実を踏まえながら、登場人物たちの「日常」を粘り強く描き、嘆かず諦めないという「思い」を丁寧にすくい上げて秀逸だった。

最後は現在放送中の「エルピス-希望、あるいは災い-」(カンテレ・フジテレビ系-UHB)だ。制作陣は1990年に起きた「足利事件」など現実の冤罪(えんざい)事件に関する文献を参考にしたと表明している。冤罪事件は警察や裁判所など公権力の大失態だが、マスコミが発表報道に終始したのであれば、結果として冤罪に加担したことになる。

自分たちにも批判の矛先が向きかねないリスクを抱えながら、テレビ局を舞台にこうしたドラマを作るのは実に挑戦的だ。このドラマは「17才の帝国」と同じ、佐野亜裕美プロデューサーが手掛けている。来年も、作り手の強い意志が感じられる作品が登場することを期待したい。

(北海道新聞 2022.12.03)


【新刊書評】2022年8月前期の書評から

2022年12月03日 | 書評した本たち

 

 

 

【新刊書評2022】

週刊新潮に寄稿した

2022年8月前期の書評から

 

 

木村草太

『増補版 自衛隊と憲法~危機の時代の憲法議論のために』

晶文社 1760円

終息の道が見えない、ロシアのウクライナ侵攻。安倍元総理の暗殺。参院選での与党大勝。岸田政権は当然のように改憲へと邁進している。敵基地攻撃能力や防衛能力、さらに核保有・核共有の話題も出て来た。そんな状況に流されないために、自衛隊と憲法について「知るべきこと」が凝縮されているのが本書だ。特に9条改正に関して検討すべきポイントが見えてくる。本質的な議論はここからだ。(2022.07.15発行)

 

ナンシー関『超傑作選 ナンシー関 リターンズ』

世界文化社 2200円

世間で何かが起きた時、「ナンシー関がいたらなあ」と遠くを見つめるマスコミ人は今も少なくない。それほど彼女は「独自」だった。絶妙なひと言が添えられた消しゴム版画は、それだけで最高の「批評」だったのだ。今年は生誕60年、没後20年。甦るには絶好のタイミングだ。本書では森繁久彌の存在意義も、泉ピン子の立ち位置も、三原じゅん子の野心も、すべて明白だ。一家に一冊、ナンシーを!(2022.07.15発行)

 

松本清張『松本清張 推理評論集1957-1988』

中央公論新社 2750円

没後30年となる松本清張。その推理評論集としては『黒い手帳』が有名だが、本書では単行本や全集に未収録の文章を集めている。自身の作品や推理小説に関するインタビューや講演録も含まれており、読みやすさと分かりやすさが特色だ。中でも「創作ノート」での自作解説が興味深い。謎解きやトリックより、人間を書くことを大事にした清張。信念は「フィクションを支えるのは現実感」である。(2022.07.25発行)

 

池澤夏樹:編『あなたのなつかしい一冊』

毎日新聞出版 1870円

「忘れられない本」を訊かれたら、どう答えるだろう。過去の出来事を思い出したり、自分の本棚を眺めたりするはずだ。本書には50人の著名人が選んだ50冊と、その本をめぐる50編のエッセイが並ぶ。隈研吾の『ドリトル先生 アフリカゆき』。真山仁が選んだ『オリエント急行の殺人』。また『ノンちゃん雲に乗る』を挙げたのは平松洋子だ。他の人の評価など無関係。本との幸福な出会いがここにある。(2022.08.05発行)

 

鈴木忠平『虚空の人~清原和博を巡る旅』

文藝春秋 1760円

本書は異色のノンフィクションだ。誰もが知る、元プロ野球のスター選手の「再生」の物語を期待するなら裏切られる。覚せい剤取締法で逮捕されてから、執行猶予が明けるまでの4年間、著者は清原と向き合い続けた。だが、残念ながら見えてきたのは矛盾だらけの魂だった。著者はそのことを正直に綴っていく。薬物依存という「病気」の怖さを再認識させる、苦渋の人間ドキュメントである。(2022.07.30発行)

 

向田邦子『家業とちゃぶ台』

河出書房新社 2057円

没後40年が過ぎた現在も、エッセイや小説が読み継がれている向田邦子。このアンソロジーのテーマは脚本家としての向田だ。シナリオ「時間ですよ2」第6回、「寺内貫太郎一家2」第11回、そして知られざる佳作「はーい・ただいま」の第3回が収録されている。加えてドラマをめぐるエッセイが10編。せりふは、知・情・意の三つを「うまくかみあわせて」書くといった打ち明け話が向田らしい。(2022.07.30発行)

 

反田恭平『終止符のない人生』

幻冬舎 1760円

「ショパン国際ピアノコンクール」は、すでに活躍の実力者が「世界的なピアニスト」として認められる舞台だ。本書は昨年2位に輝いた著者の自叙伝的エッセイだが、その徹底した「戦略」に驚かされる。過去の挑戦者たちの全演奏曲の分析。審査員にターゲットを絞った選曲。その上でショパンの「新しい通訳者」としての自分を打ち出した。クラシック界全体を変えそうな風雲児の闘争宣言だ。(2022.07.21発行)