碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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79年目の「8月9日」 合掌

2024年08月09日 | 日々雑感

2024.08.09


【新刊書評2024】『つげ義春が語るマンガと貧乏』ほか

2024年08月09日 | 書評した本たち

 

 

「週刊新潮」に寄稿した書評です。

 

つげ義春『つげ義春が語るマンガと貧乏』

筑摩書房 2530円

「紅い花」「ねじ式」「無能の人」などで知られる漫画家、つげ義春。現在86歳だが、1987年から長い休筆状態にある。自身と作品について語っている本書は貴重だ。集録された言葉は90年代のものが多い。「世の中のことと関係なく生きてきた」と言い、出家遁世や隠遁への願望を否定しない。また、こだわっているテーマとして「疑似現実」を挙げている。無理を承知で新作が読みたくなってくる。

 

川口葉子『新・東京の喫茶店~琥珀色の日々、それから』

実業之日本社 1980円

著者が挙げる「良い喫茶店に必要なもの」は4点。心やすまる空間、おいしいコーヒー、控えめな店主、そして粋なお客さまだ。読書と憩いなら銀座ウエスト本店、東大前の喫茶ルオーなど。神田・神保町の店として、さぼうる、ラドリオ、出版社の1階にあるサロンクリスティなどを紹介。ジャズ喫茶では新宿のDUG、四谷のいーぐるといった老舗が光る。ドアの向こう側に待つ琥珀色の楽園だ。

 

檀 太郎『檀流・島暮らし』

中央公論新社 1980円

著者は長年、東京で映像プロデューサーとして活動してきた。作家の父・檀一雄が晩年を過ごした福岡市・能古島の家を建て替え、終の棲家としたのは2009年だ。2つの畑を耕し、サツマ芋、タマネギ、キャベツなどを育てる日々。冬には邪魔な木を頂戴し、薪ストーブで過ごす。「ものをいただいたらその日のうちに御礼の言葉と、なにがしかの品をお返ししつつ近況を報告する」のが島暮らしの秘訣だ。

 

鳥羽耕史『安部公房~消しゴムで書く~』

ミネルヴァ書房 4180円

近代文学が専門の著者によれば、安部公房には「作品の軌跡のみが自己の軌跡」という信念があった。作品と生活の分離だ。しかし、作品を丹念に読み込むことで、消し切れない生活の実相も見えてくる。驚くのは自作の書き換え、読み換え、組み換えの多さだ。一編の小説がラジオドラマや戯曲へと変容を重ね、作品世界は深化していく。その都度、作家は何を消し、何を再構築しようとしたのか。

(週刊新潮 2024.08.08号)