「週刊新潮」に寄稿した書評です。
沢野ひとし『ジジイの文房具』
集英社クリエイティブ 1870円
エンジン付きのクルマ、デジタル表示ではない時計、そして文房具。大人の男たちが好きなモノだ。中でもクレヨンに始まる文房具はつき合いが長い。本書には文房具をめぐる18編のイラストエッセイと15本のコラムが並ぶ。モンブランの万年筆との半世紀。懐かしの分度器や地球儀の手触り。消しゴムが漂わせる滅びの美学。佐野洋子が大切にしていた、バー「ラジオ」のボールペンも見てみたい。
三宅玲子『本屋のない人生なんて』
光文社 2090円
北海道から九州まで、地域に根を張る書店を訪ね歩いたノンフィクションだ。書店が消滅した町で新規開業を目指した、留萌ブックセンターby三省堂書店。客が注文する一冊と誠実に向き合う、静岡県掛川市の高久書店。読書会という「場」を提供し続ける、鳥取市の定有堂書店。また喫茶もできる熊本市の橙書店は、文芸誌「アルテリ」を発行している。書店は本を買うだけの場所ではない。
小林信彦『決定版 世界の喜劇人』
新潮社 3960円
著者が初めて世界の喜劇人を論じた『喜劇の王様たち』から60年。新潮文庫版『世界の喜劇人』から40年。ついに「決定版」の登場だ。マルクス兄弟、キートン、チャップリンなどに加えて、プレストン・スタージェスやエルンスト・ルビッチといった監督たちにも目を向ける。見えてくるのは、喜劇映画百年史の全体像だ。喜劇人への愛情や敬意と共に、著者の冷静かつ透徹した批評精神がそこにある。
(週刊新潮 2024.05.30号)