【新刊書評2023】
週刊新潮に寄稿した
2023年1月後期の書評から
西野智彦
『ドキュメント通貨失政~戦後最悪のインフレはなぜ起きたか』
岩波書店 2750円
1971年、当時のニクソン米大統領が「金とドルの交換停止」を含む経済政策を発表した。いわゆる「ニクソン・ショック」だ。これにより1ドル=360円の固定相場制は終了。日本経済は大きく揺れ動く。本書は戦後最大級のインフレの遠因となった「失政」のドキュメントだ。当局者たちは何をして、何をしなかったのか。またそれはなぜだったのか。今、半世紀前の失敗から学べることは多い。(2022.12.23発行)
小田嶋隆『諦念後~男の老後の大問題』
亜紀書房 1760円
惜しくも昨年6月に亡くなった著者。本書は還暦を過ぎた頃に書いていた〝幻の連載〟だ。「進行中の老化を実際の取材と生身の身体感覚を通じて紹介する生体実験」と称しており、コラムというよりルポルタージュに近い。スポーツジムに通う。断捨離を試みる。鎌倉彫もやってみた。それどころか、脳梗塞で入院までしてしまう。いずれも小田嶋節炸裂のルポで、泉下の著者に拍手を送りたくなる。(2022.12.28発行)
群ようこ『足りる生活』
朝日新聞出版 1430円
前期高齢者となった著者が二つの難題に挑んでいく。一つは本を減らすこと。すっきりした空間で暮らしたいが、それを阻むのが所有する大量の本だからだ。本好きにとって本の処分は痛みを伴う作業であり、著者の試行錯誤は参考になる。次は新たな住まいを探すことだ。広さや家賃が今の自分に合っているのかの検討に始まり、物件探しの旅に出る。泣き笑い満載の引っ越し大作戦、その顛末は?(2022.12.30発行)
中沢新一『今日のミトロジー』
講談社 2420円
ミトロジーとはフランス語で神話のこと。本書では現代の日常生活に潜む神話について考察している。近代という時代の精神を象徴する「オリンピック」。この世に完全な正義はないことを示す「ウルトラマン」。ミニチュア化によって日本人の自然哲学を表現する「盆栽」。そして食べる瞑想としての『孤独のグルメ』。現代的事象と古代的事象を結びつけ、聖なるものの断片を見つけていく試みだ。(2023.01.11発行)
関 容子『名優が語る演技と人生』
文春新書 1320円
俳優と女優の絶妙なマッチングによる、8つの対談が並ぶ。仲代達矢×岩下志麻、松本白鸚×鳳蘭、小林薫×吉行和子、西島秀俊×梶芽衣子などだ。岩下に向って「あなたはラブシーン、うまいんですよ」と仲代。映画『女囚さそり』や『修羅雪姫』を見て、梶のすごさを知ったという西島。小林と吉行は共通体験であるアングラ芝居の魅力を語り合う。よき対談は生身の人間が発生させる化学反応だ。(2023.01.20発行)
丸谷才一:編『作家の証言 四畳半襖の下張裁判―完全版』
中央公論新社 3960円
本書は1979年刊行の同名本に、永井荷風作とされる当該問題作「四畳半襖の下張」を加え、完全版として復刻したものだ。日本の文学作品を対象に「わいせつとは何か」が争われた歴史的裁判の記録である。被告人は野坂昭如。特別弁護人が丸谷才一。証人として五木寛之、井上ひさし、吉行淳之介、開高健などが法廷に立った。その証言自体が彼らの文学論・人生論として読める、豊かな一冊だ。(2023.01.25発行)