深川・伊勢屋さんの「みたらし団子」
【旧書回想】
週刊新潮に寄稿した
2020年12月前期の書評から
阿木慎太郎『ピグマリオンの涙』
祥伝社 1870円
映画界を舞台にした長編小説だ。ライターの南比奈子は、伝説の映画プロデューサー、上野重蔵の取材を担当する。50年数前、文芸映画の巨匠だった上野は突然業界から姿を消す。そして数年後に復帰した時には、ポルノ映画の製作者となっていた。取材過程で比奈子は記録にはない上野作品の存在を知る。主演は津田倫子。幻の映画と謎の新人女優を追って、手探りの単独調査へと踏み出していく。(2020.11.20発行)
渡辺豪:監修・解説『赤線本』
イースト・プレス 2530円
敗戦の翌年に出現した売春街、通称「赤線」。昭和33年の売春防止法施行で消えてから60年以上が過ぎた。実際に体験した人は貴重な存在と言える。本書は赤線を描いた文芸作品を軸とするアンソロジーだ。永井荷風「吾妻橋」、田村泰次郎「鳩の街草話」、吉行淳之介「驟雨」といった小説。五木寛之、小沢昭一などのエッセイや竹中労の評論も。幻の町は、記憶の海の中にひっそりと生息している。(2020.11.25発行)
河尻亨一『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』
朝日新聞出版 3080円
前田美波里を起用した資生堂ポスター。パルコのブランドイメージ。米映画『MISHIMA』の美術監督。そして北京五輪開会式のコスチュームディレクター。いずれも石岡瑛子の仕事である。本書は、貴重な本人へのインタビュー、周囲の人々の証言、さらに膨大な資料を駆使して書かれた初の評伝だ。書名のタイムレスは、著者が「命のデザイナー」と呼ぶ石岡の「時代を超える意志」を表している。(2020.11.30発行)
中野 翠『コラムニストになりたかった』
新潮社 1760円
コラムニストという存在がまだ一般的ではなかった頃からコラムを書き続けている著者。本書は約半世紀の歩みを振り返る自伝的エッセイ集だ。「自分の居場所」を探す彷徨時代を経て、恋愛や結婚や自分自身を語るより、映画や本や巷の話について書くほうが自分らしいと分かってくる。活字の世界で生き抜いてきた女性の仕事史であると同時に、社会と文化の変遷を概観できる同時代クロニクルだ。(2020.11.25発行)
坪内祐三『文庫本千秋楽』
本の雑誌社 2750円
坪内祐三が亡くなったのは2020年1月。コラム「文庫本を狙え!」が消え、『週刊文春』は寂しくなった。そんな書き手、そうはいない。本書には最後の4年間に書かれたものが並んでいるが、どこから読んでも構わない。どのページにも坪内がいる。肉声が聞こえる。語っているのは、どこまでも坪内にとっての「その文庫本」だ。それでいて普遍性があるから全部読んでみたくなる。読書も供養だ。(2020.11.25発行)