碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

【旧書回想】  2020年6月前期の書評から

2022年07月12日 | 書評した本たち

 

【旧書回想】

週刊新潮に寄稿した

2020年6月の書評から

 

安井裕雄『図説 モネ「睡蓮」の世界』

創元社 3740円

印象派の巨匠モネが描き続けた「睡蓮」とその関連作、全308点である。水面に呼応して振動する睡蓮の葉。水鏡に反映する青空と白い雲と赤い睡蓮。中でもオランジェリー美術館「睡蓮」の部屋に展示された作品群には圧倒される。フランス近代美術を専門とする学芸員である著者は、モネがなぜ「睡蓮」に後半生を投じたのかを探っていく。鍵となるのは「水」だ。モネを魅了した自然の神秘とは?(2020.04.20発行)

 

白土三平『白土三平自選短編集 忍者マンガの世界』

平凡社 3520円

本書で重要なのは、「四貫目」をはじめとする傑作短編を選んだのが白土自身であることだ。また女忍姉妹の過酷な運命を描く「目無し」や、天女伝説を織り込んだ「羽衣」など女性を軸とした作品が読めることも貴重だ。白土は現在もサスケを中心に、スケッチ帳へのペン画の日課を欠かしておらず、本書ではその一部を見ることができる。最終章「カムイ伝第三部」への期待も俄然高まってくる。(2020.04.24発行)

 

吉田篤弘『流星シネマ』

角川春樹事務所 1760円

崖下の町、鯨塚にあるタウン紙「流星新聞」の編集室。アメリカ人の経営者と日本人の僕が働く仕事場だ。しかし、大きな出来事や事件が起きるわけではない。中学時代に読書部の部長だったミユキさん。古びたピアノを弾きに来るバジ君。ちょっと風変わりな人々との静かな日常の中に、大切な友人だったアキヤマ君との思い出が封印されていた。やがて小さな記憶のかけらは深い意味を持ち始める。(2020.05.18発行)

 

咲沢くれは『五年後に』

双葉社 1650円

新進作家の第一作品集だ。表題作は第40回小説推理新人賞の受賞作である。主人公の華は中学教師。同僚の男性教師が女子生徒から告白された際、「五年後に言うてくれたら嬉しいのに」と答えたという。それは、やはり中学教師だった亡き夫が、21歳の華に投げた言葉だ。しかもその時の夫には別の女性がいた。収められた他の三作も含め、その推理小説らしからぬ作風に著者の個性が滲んでいる。(2020.05.24発行)

 

小佐野景浩『永遠の最強王者 ジャンボ鶴田』

ワニブックス 1980円

元『週刊ゴング』編集長が、没後20年を迎えた「最強の日本人レスラー」の実像に迫った。中央大時代、レスリングでミュンヘン五輪出場。全日本プロレス入団。アメリカでの武者修行。そして衝撃の日本デビュー。ジャンボ伝説が生まれてゆくプロセスを、著者は貴重な証言を集めながら追っていく。長州力、天龍源一郎との対決は本書の白眉だ。リングだけを望んだ男の肖像が鮮やかによみがえる。(2020.05.30発行)

 

富岡幸一郎『天皇論 江藤淳と三島由紀夫』

文藝春秋 2420円

江藤淳との長時間にわたる対論を縦軸に、そして三島作品の解読を横軸としながら展開してゆく、新たな視点の天皇論である。天皇機関説を承知しているからこそ、神的な天皇の幻影を求め続けた三島。昭和天皇崩御をめぐって、人としてではなく「天皇(すめらみこと)としてお隠れになったのではないか」と語る江藤。令和の現在も、両者の交点にこそ、論ずべき天皇論の核心があると著者は見る。(2020.05.30発行)

 

中条省平:編『現代マンガ選集 表現の冒険』

ちくま文庫 880円

筑摩書房が創業80周年記念出版として取り組む、全8巻の文庫オリジナルだ。総監修も務める学習院大教授の中条は、60年代以降における日本の「現代マンガ」の流れを新たに「発見」する試みだと宣言する。第1巻の本書には石ノ森章太郎「ジュン」、つげ義春「ねじ式」、赤塚不二夫「天才バカボン」など、マンガ表現の定型を打ち破り、未知の領域を切り開いた名作18編が収められている。(2020.05.10発行)