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碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

街と人~変わるものと、変わらないもの

2016年12月23日 | 本・新聞・雑誌・活字



本のサイト「シミルボン」に、以下のレビューを寄稿しました。

https://shimirubon.jp/reviews/1676706


街と人~変わるものと、変わらないもの

『靖国』のときも、「すごい書名だなあ」と思ったが、『東京』っていうのもすごい。読めば、ずばりのタイトルなのだが。

坪内祐三『東京』(太田出版)は、東京の街を歩きながらの青春回想記だ。本の帯には「自伝青春譜」とある。

ただし、歩いたのは2004年から07年にかけて(雑誌「クイック・ジャパン」での連載)だから、その時点での「現在」と「青春時代」が語られている。

目次を開いて、ランダムに読む。自分が好きな街。知っている街。気になる街。訳ありの街。一度も行ってない街。

坪内さんが書くその街との関係と回想に、自分自身の街との関係と回想が微妙に絡み合う。読みながら、やけに内省的になっていることに気づく。

たとえば、赤坂。坪内さんにとっての赤坂を読みながら、自分のいた会社が長くあったあの街を思い出している。私の80年代は赤坂がベースになっていた。

まだ焼けていない「ホテル・ニュージャパン」の和室で行われた構成会議。

一ツ木通りに面していた頃のTBSの地下にあった「ざくろ」で、先輩からごちそうになった「しゃぶしゃぶ」の味と値段に驚いた、駆け出しAD時代の自分。

ここのカレーが大好きで、週に一度は食べていた「トップス&サクソン」。

殿山泰司さんが座っている隣のテーブルで、文庫本を読みながらコーヒーを飲んだ喫茶店「一新」。

・・・こうしてすぐに挙げられる場所や店が、この本には全部出てくる。

他にも、神保町や早稲田や下北沢など、はやり読みながら勝手な回想に没入してしまう街がある。

街は変わる。変わってきた。そして、坪内さんも、これを読んでいる私も。その一方で、街にも、自分たちの中にも、どうしようもなく変わらないものがある。その両者を感じさせてくれる一冊だ。

文章との相乗効果を見せる北島敬三さんの写真もいい。まるで自分の記憶のワンシーンのようだ。

そうそう、巻末に坪内さんと北島さんの「エピローグ対談」が載っている。

では、「プロローグ対談」はどこかと思ったら、何と、カバーの裏側に印刷されていた。ぺろりと脱がして、読む。

でも、これって、図書館に収められた場合、どうなるんだろう。図書館では、本を必ず加工する。カバーを表紙に貼り付けたりするのだ。借りた人は、この大切な対談が読めるんだろうか。余計な心配だけど。

書評した本: 『皇室をお護りせよ!~鎌田中将への密命』ほか

2016年12月23日 | 書評した本たち



「週刊新潮」に、以下の書評を寄稿しました。

米軍で大隊長も務めた日本人 
男が戦後、果たした役割とは


鎌田 勇 
『皇室をお護りせよ!~鎌田中将への密命』 

ワック 1728円

80年代に、『戦後の検証~吉田茂とその時代』と題する、4夜連続放送のドキュメンタリー番組の制作に携わった。当時すでに高齢化していた元GHQの人々など、日米の当事者・関係者の証言を集め、占領期を立体的に捉え直す試みだった。

その制作過程でかなりの資料に当たったが、不十分だったようだ。恥ずかしながら、鎌田銓一・陸軍中将  のことを本書で初めて知った。明治29年生まれ。陸軍幼年学校、陸軍砲工学校、京都帝大などを経て渡米。イリノイ大、MITで学ぶ。さらに昭和8年からは日本軍将校のまま米軍の工兵連隊に入隊し、大隊長まで務めた。帰国後は陸軍省交通課長などを歴任。野戦鉄道司令官として、北京で終戦を迎えた。この特異なキャリアが、戦後の鎌田に大きな“役割”を担わせることになる。

昭和20年8月28日、厚木飛行場にマッカーサー司令部の先遣隊が到着した。降り立った隊長が出迎えの日本人たちに向かって言う。「ミスター・カマダはどこだ?」と。この人物こそ、米軍工兵連隊の大隊長時代の部下、テンチ大佐だった。

やがてマッカーサー元帥も乗り込んできて、GHQによる日本占領が本格的に開始される。鎌田はテンチ大佐との「工兵の絆」を生かし、米軍との調整で最前線に立つ。中華民国軍(国民党軍)の名古屋進駐が目前に迫った時、これを阻止すべくマッカーサーを動かしたのも鎌田だ。

いや、それ以上に驚いたのは、「政府の要となるべき終連は、あまり機能していなかった」という記述だ。吉田茂の要請で、終連(終戦連絡中央事務局)の参与に就任していたのは、あの白洲次郎である。前述の番組でも、占領期における白洲の活躍や武勇伝を紹介したが、鎌田の知られざる貢献はそれ以上かもしれない。特に皇室の保持に関してはそうだ。

実は鎌田の息子である著者。自宅でマッカーサーにピアノ演奏を聴かせた少年は、日本に一人しかいない。


東野圭吾 『恋のゴンドラ』
実業之日本社 1296円

スキー場を舞台とする連作短編集だ。表題作の主人公・広太は、同棲している美雪の目をかすめ、他の女性と泊りがけでスキー場へ。女性4人組とゴンドラに同乗するが、なんとその中に美雪がいた。7つの話が見事にリンクし、恋という名のサスペンスを堪能できる。

(週刊新潮 2016.12.22号)