ちわきの俳句の部屋

メカ音痴おばさんの一念発起のブログです。
人生の後半を俳句にどっぷりと浸かって、…今がある。

兼題は〝刈田〟

2019年10月21日 | 俳句

 今日は朝から溜まった句稿の選句と講評でバタバタ…午後からは俳句教室ですので、その準備と、ちょっと余裕がありませんでした。だから、外に出て空を見ることもなく出かけ、終って帰るとき、なんと雲一つない青空…〝うわ~こんなにキレイな空やったんやね!〟と。

 人間余裕がないと見えるものも見えないんですね。花水木も美しく紅葉が始まっていましたし、来る途中の銀杏並木も色付き始めていました。

 今日の兼題は〝刈田〟。稲を刈ったあとの田ですから、晩秋の季語です。

  待ちかねて雁の下りたる刈田かな       小林一茶

 よく知られた句ですからご存じの方が多いかも知れませんが、この句には「雁」と「刈田」と季語が二つ。どちらも晩秋の頃ですから問題はないのですが、さて、どちらも大きな季語ですので、どっちがメインでしょうか。ここはやはり「刈田」の方なんですね。

 初心の方によく聞かれます。歳時記に載っている例句に結構季重ねの句が多いのに、なぜいけないのかと。そうなんです。私も最初は不思議に思っていましたもの。ある意味これは一筋縄ではいかない問題ですから、私が〝こうだ!〟と断定できるほどの勉強をしていませんし、知識も持ち合わせていませんので、詳しくは書きませんが、経験上からいえば、季語を知り〝焦点を一つに絞る〟という俳句の基本を学ぶためのトレーニングだと考えて、初心の時は季重ねを避けた方がいいと思います。概ね昔の人の句には季重ねが多いんですよ。あの俳句革新を唱えた正岡子規も季重ねに関しては大様なところがあったようですから…。

 でも私が俳句をはじめた頃は、最初に季重ねを厳しく注意されましたから、なにも考えずにそういうものだと思って学んできました。今は自分で〝この季重ねは許せるが、これはやめた方がいいな〟ぐらいの判断で作っています。

 ところで、一茶の句…もう何年前でしょうか。鳥取の米子水鳥公園の方へ探鳥旅行で出かけたことがあります。その旅行のメインは〝白鳥〟と〝雁〟の観察でした。

 米子水鳥公園は、毎年シベリアからやってくるコハクチョウ観察での日本の南限となる公園なんです。多い時は千羽以上がやって来て、観察施設も整っていますので、白鳥を観るためにはここが一番近いところなのです。

 宇部には、〝白鳥湖〟が最大の売りだったときわ公園があります。そう、「…だった」という過去形なんです。話せば長くなって、ここでは止めますが、ちょっと簡単に…。とにかく私が宇部に来て一番感動したのがこの〝白鳥湖〟だったんですから。

 忘れもしません。平成23年(2011)2月、高病原性の鳥インフルエンザ感染によりコクチョウが死亡したことを受け、"常盤湖"で放鳥飼育するハクチョウ類358羽及びカモ類41羽を、一羽残らず捕えて殺処分が行われたんですよ。それを聞いたときはもう何も言葉が出ませんでした。それに携わっていた、当時野鳥の会会長だったSさんが涙を堪えきれずに挨拶されたのが今でも目に浮かびます。

 その後、慰霊碑も建てられ鳥たちの供養をし、また、平成29年(2017)5月、6年ぶりに常盤湖にハクチョウが復活しました。昭和55年にときわ公園から下関響灘ライオンズクラブに譲渡した ハクチョウの子孫で、 今までは下関市の深坂自然の森の深坂ため池で飼育されていたものです。親鳥2羽と雛6羽…今広々とした湖で悠々と泳いでいますが、昔を知っている者からするとそれが却って淋しくもあり切なくもあります。

 ちなみに、今日の宇部の新聞に〝コブハクチョウとコクチョウ4羽 神戸からときわ動物園へ〟の見出しが出ていました。それは宇部市民にとっても嬉しいことです。だって白鳥は宇部のシンボル的存在だったんですから。ああ、それらが繁殖してくれると…何年先になるか分かりませんが、そのうちだんだん増えて昔の面影を取り戻せる日が来るかも知れませんね。

 話が逸れてしまいました。本当は「雁」のことだったんですよね。米子水鳥公園のあと雁が来るという場所へ行って観察したのですが、それが刈田の中だったんです。殆どが〝ヒシクイ〟という雁の一種なんですが、もうかなり穭田(ひつじだ)になっていて、その穭には穂が出ていましたので、それを食べに水鳥公園から朝飛んで来るのです。それはそれはスゴイ数でしたね。カンドウものです。

 ところで、この「穭田」というのも季語になっていますが、稲を刈った切株からまた新しい茎が生えている田のことです。

 そういえば、今日の句会でも〝刈田を詠もうと見に行くと、枯れ色のところと緑のところがあって、これは緑の刈田を詠みました〟という人がいて、ビックリ。まあ、無理もないですよね。私も俳句をするまでは知りませんでしたし、漢字も読めませんでしたもの。でも、稲を刈った後の田には違いがありませんが…。そうすると前掲の一茶の句の〝刈田〟も〝穭田〟…?

 いや、いや、歳時記を見ると〈ひつぢ田や青みにうつる薄氷〉という一茶の句がありましたから違うんです。が、この句も季重ねです。メインの季語は〝ひつぢ田〟。だってこれを〈ひつぢ田…〉とすると、メインが〝薄氷〟になって春の季になってしまいます。だから切字の「や」でしっかり切ったのではないかしら。穭田は春にはあり得ませんが、薄氷なら寒い地方では穭田の頃にも張るかも知れませんもの。今のような地球温暖化の時代ではありませんから、江戸時代の晩秋の頃はきっと寒かったのでしょう。

 今日の写真は、…刈田と穭田を撮ってくればよかったですね。ザンネン!今度撮ってきますから、今日はこれでゴメンナサイ!〝キバナコスモス〟です。6月~11月まで咲く丈夫なコスモスですので、花言葉も〝野生美〟なんだとか…


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3 コメント

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余談 (風の盆)
2019-10-22 14:47:19
永六輔は余談が好きだった
司馬遼太郎は余録と言ったが
小三治も枕が好きで、枕で本を出したとか

このプログも俳句の部屋と名のっているが、本題の前が多いな
俳句とは省略するとか
省略に省略を重ねたら、無くなっちゃうな

余談と写真
それが良いかな

小生も本題よりも余談が多い
本題が薄れるが、いやズバリと述べることもあるが、ついぼかしちゃう

季語とはどうも陰暦に由来するようだな
それと決まり事が多いようだ

季語重ねだと焦点がぼけるかな

>待ちかねて だから刈田になるのかな

植木屋とは数百年前の風景を維持すると
京都あたりの庭は、座って見る場所も決まっていて、そこから見る光景が美しいと
その光景は何百年経っても変えないと
変えないように樹木を切ると

まあ、俳句も座の文学とかと言ってましたな
納得ですな



余生 (風の盆)
2019-10-22 15:09:00
高橋和巳が憂鬱なる党派を描いた

主人公は戦前
戦前だから旧制三高校生
すっとぼけているんだな
喧々諤々の議論をしている最中に窓を見て
風が吹いている と

また余生は長いと

高御座 令和彼方に 秋出水
Unknown (ちわき)
2019-10-23 11:52:07
余談とは…いやあ、参りました。ずばり私の欠点を指摘され…こんどはそれを褒められて…。でも私のは雑談ですね。
娘からはいつも〝早く結論を言ってよ!〟と叱られます。教壇でもすぐ横道に逸れて…だから生徒達がわざとそのようにもっていこうとして発言したりすると、すぐn引っかかっていましたね。ここまでという進度があるのに時間切れ…でもまあ、いいか、明日があるし…という感じ。思えば、それも懐かしい!
昨日の句会を思い出しました。
みんなが〝恩赦を〟というので、褒めて花丸をあげると大喜び…でも、だれも本気にはしないんですよ。次にくる言葉をじっと待って…で、仕方なくここがイマイチ…というと、〝やっぱり!〟と。でも、持ち上げられて落とされるのは…厳しい!と。まあ、何を言っても、最後は笑って終りますのでいいのです。
植木屋さんの話、納得です。先日の「英雲荘」でも、ここに据わって庭を眺めて見て下さいと言われました。そこはお殿様のいつも据わられるところだったんですが。最高の景観を、この場所からと決めて、庭師さんは仕事をされているんでしょうからね。
いつもアリガトウございま~す。

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