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好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

料理に「究極」なし

2020-10-10 17:17:31 | 読んだ本

辻󠄀静雄 1994年 文藝春秋
丸谷才一の『男もの女もの』のなかの「東西食器論」という随筆のなかで触れられていたのが、この本。
正確には、丸谷さんはこれの文春文庫版が出たときに、その大岡信さんによる解説がよかった、といってるわけだが、文庫をみつけられなかったので、とりあえず単行本の古本を買った。
著者は辻󠄀調理師専門学校の創設者なんだが、最初は大阪読売新聞社の記者で、料理は素人だったのに結婚した相手の父親がそういう関係だったらしく、転職すすめられて建物ひとつつくってくれて、適当にやれと言われて研鑽をつんだらしい、すごい生き方だ。
で、そういうひとが、「味に究極などというのはありえない」という。
特に料理を作る側からすると、100%いいものができたと言ってしまったら職人はおしまい、常にもっといいものできるはずと考えているのが職人なんだという。
安易に「味がわかる」ようなこと言うな、ってスタンスが基本で、しかも料理っていうのはその時その場かぎり一回だけのものだし、料理を言葉で表現するのはある程度まではできたとしても最終的には不可能だって言う。
>この楽しみは、先ほども述べましたように、主観的なものですから、これを客観的に記述しようというのは、そもそも無謀な試みです。
>本屋の店頭に並ぶ数多くの食べ物屋ガイドの大半は客観的記述を装っていますが、あれはみな主観の塊です。だから、それぞれの人々が求めている美味しいものを食べる楽しみの参考には、あまりならないはずです。(p.11)
ということになる、ふーむ、そうなんでしょう。
そこで驚かされるのは、料理の世界に入って自分がうまくやってこられたのは金銭哲学によるものだ、という宣言。
>つまり、金がなかったら料理はつくれないということ。金をもってくる客がいなかったら、料理人なんて陸にあがったカッパと同じ。(略)だから、私は学校を始めて以来、今日に至るまで、生徒にいっている。
>「君らね、何はともあれ客を呼ぶことが先だぞ。俺の料理がうまいとか、どこがうまいとか、そんなことをいうのは後の話だ。(略)いくらもうけて、どうやって客にごますって、どういうふうに知ったかぶりする客をごまかして、残り物を、あんたのためにとっておいたといって煙にまき、食わせてしまうかが大事なんだぞ」(p.36-37)
なんて言われちゃうと、調理師学校ってそういうこと教えてくれるとこだったの、と目からウロコである。
ブラックユーモアなんぢゃないかと思っていると、
>だから、私にもし功績があるとしたら、巣立っていった生徒たちにお金が大切だということを教えたことだと思う。技術ではない。技術というのは、金があってこそ、客がいてこその技術であって、金がなかったら何をかいわんやである。(p.38)
って念を押しているんで、マジなんだろう。
そんなことばっか言ってるひとに教わったひとの料理は大丈夫なんだろうかと心配になりかけるんだが、自身の料理研究への自負はすごく、
>私の場合は、結果的に食べ歩きになっただけであって、今皆さんのやっている食べ歩きとは違う。お金をもって食べにいく人たちとの料理とは違う料理を私は食べていたのだ。(略)
>お金のある人が「吉兆」さんへ行って食べているとよくいう。しかし、あれは私が食べている料理とはまるで違うはずだ。というのは、料理の味を分らない人間に食わせてもしようがないからなのだ。料理というものは、そういうものなのである。
>それがつまるところ、お金では買えないもの、ということになる。(p.39)
っていうんで、えらい豪語するなと思いつつ、ちょっと安心する、金ぢゃ買えないもの知ってたうえで、この世は金だと言ってるんだと。
さらに、もうちょっと後のほうまで読んでくと、パリで食事に呼ばれると、迎える女主人だけぢゃなく他のお客もみんな教養あるひとで、そういう場ではどんな話でもできるようになりたいって話をして、
>料理というのは、そういう会話の媒介だと思うのです。会話、つまり人間ですね、やっぱり。そういう人と人との出会いをつなぐものが、料理なのです。(略)仲のよい気のおけない友人と楽しむのが、料理。おいしければ、なお良い。楽しいな、一緒にいてよかったな、そう思える相手と食事をすることが、「本当においしい」ということです。(p.82)
みたいな、まあ料理の先生に言ってほしかったようなこと書いてあるんで、そこでホントに安心することができた。
著者は、料理のなんつーか真実を追い求める一途さからなんだろうが、歴史もよく研究していて、食べ物にはそれほど興味ない私だがそういうのはおもしろいと思って読んだ、ほら、人類学っていうか文明史っていうか、そういう感じなんで。
でも、記憶に残るのは、ルイ十四世は贅沢を重ねているけど、ネコ舌で、好き嫌い多いが、オレンジが入っていれば何でもよかった、みたいなどうでもいい話だけだったりする。
コンテンツは以下のとおり。
 食の美は、はかなさにあり――まえがきに代えて
I 美味づくりの旅
 西洋料理の受容
 贅沢の人間学
 汗
 くやしい
 会食の至福――辻󠄀静雄リヨンを歩く
II 食卓・西と東
 自己完結型の満足
 東西食卓学〔対談=熊倉功夫〕
 味をつくる人々
 食卓の比較文明論〔対談=梅棹忠〕
III ヨーロッパ料理の変遷
 バッハの食生活
 ヨーロッパの料理とその変遷
 『高雅なる悦楽と健康』――フランス料理のルネサンスを招いた名著
 西ヨーロッパの食生活
 料理の未来
 あとがきに代えて 辻󠄀芳樹
 *
 弔辞 丸谷才一

(出版前の1993年3月に著者は亡くなっているので、最後に親しい友人の丸谷さんの弔辞がある。)

コメント
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