ぶんやさんち

ぶんやさんの記録

ぶんやんち(7) キリスト者2タイプ

2008-08-01 11:51:30 | ぶんやんち
6月3日にブログで、親爺のことをマタイ型のキリスト者と名付け、お袋のことをパウロ型のキリスト者とであると説明した。これは厳密な類型化(タイポロジー)と言うよりも、そういう傾向性があるというにすぎないことであるが、その際に、一応劇的回心という経験を経てキリスト者になった人たちをパウロ型とし、それに対して、キリスト教の教え、あるいはイエスの教えや生き方に共感して入信した人たちをマタイ型とした。彼らには「劇的回心」というような人の目をひくような経験がないということが鍵である。
ホーリネス教会等聖霊派の教団では、パウロ型が多く、カトリックや聖公会等伝統的な教団ではマタイ型が多い。もちろん、多くの例外もあるし、もっと根本的なことを言うと、人間をタイプ分けすることじたいがあまり意味があるとは思えない。ただ、わたしにとって、非常に興味にあることは、親爺とお袋の信仰のあり方についての理解である。親爺は一生の間ほとんど自分自身の回心、ないしはキリスト者になったことについて、動機とか出会いということについては語らなかった。それに対して、お袋の方は耳にたこができるほど繰り返し聞かされていた。そのお袋の回心物語を親爺はどういう思いを持って聞いていたのか、ということに非常に興味がある。
これはわたし自身の経験でもあるが、わたしにもそれ程明確な回心の経験はない。このことは二代目以後のキリスト者の場合多く見られることであるが、何かしら、いつの間にかキリスト者になっていた、というべきであろう。問題意識を持って、宗教とか信仰ということについて反省したときには、もうすでにキリスト者になっていた、という経験である。
さて、問題は、マタイ型のキリスト者がパウロ型のキリスト者と一緒に信仰生活をおくった場合、特にそれがホーリネス教団というようなパウロ型のキリスト者が優勢に環境に置かれた場合、パウロ型のキリスト者の「熱心さ」に対して、わたしはそれほど「熱心ではない」という一種の「劣等感」を、それがさらに強烈な場合、敗北感さえ抱く場合もある。わたし自身は、東京聖書学院時代にはそのような感じを抱いて過ごしていたように思うし、牧師の子弟の中にそのようにして教会から離れていった人も少なからず見てきた。
おそらく、親爺はお袋の信仰をそうのような視点で見ていたのではなかろうか。親爺の場合はそれが「劣等感」に結びつかず、お袋に対する「驚異」、「憧憬」、「敬意」、「尊敬」の感覚として意識されていたように思う。もちろん、その背景にはパウロ型のキリスト者の持つ特有の「危なっかしさ」も感じていたのかも知れない。そのような意識が、この人の信仰と生き方とを「影から」支え、守ろうとする生き方へと発展したように思われる。

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