Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

土筆(167)

2018-08-24 08:44:41 | 日記

 東雲さんのアザは歯形という程にはっきりしたものではありませんでした。実は歯茎の痕と言った方がよく、薄く湾曲したアザの中心に細かい2個のぽつぽつした痕がかろうじて残っている物でした。そう、彼女の長兄の東雲さんの腕には、何かのリングの端の様な感じで蛍さんの噛み痕が残っていたのです。しかも、次兄の曙さんに揶揄われて抓られ、彼女がその痛さに大暴れして曙さんと取っ組み合いをした時、2人の間に留めに入った東雲さんに弾みで彼女が思いっ切り噛みついたものですから、東雲さんにはとんだとばっちり、全くの傍迷惑という物でした。『あの痕、消えないんじゃないかな。』茜さんはふと思いました。

 いくら親戚の年端も行かない子がした事とはいえ、彼女の母も当時は相当憤慨していました。大切な長男に傷をつけて、と、一時、蛍さん一家と茜さんの一家は絶縁状態になっていたのでした。

 しかし、いくら絶縁状態といっても彼女達の父方の祖父母は同じであり、蛍さん一家とその祖父母が同居していて、仕事上も祖父の跡を蛍さんの父の方が継ぐ状態になっていた事や、彼女達の住む家が元々祖父の物であり、家自体も2件並ぶ様にして建っていたものですから、然然両家はそっぽを向いてもいられ無くなったのでした。

 しかも実の兄弟の家同士の事、何時までも仲違いせずに仲良くするように、と祖父母からも一言あり、それで一応元の状態にまで両家は戻っていたのでした。

 また、事件当時曙さんに抓られた跡が蛍さんの頬にも未だに残っていました。こちらは片靨の様に見えるのであまり気付く人もいないのですが、自分の娘の事、蛍さんの母が追々気付き、彼女達の祖母に当たる姑に苦情を訴えました。

 曙さんに抓られた青アザが消えた後、蛍さんが笑うと片頬が引きつれる、今までこんな事は無かった、事件以来片頬に窪みが出来る様になったと言うのです。母はこの靨が以前は無かった事を姑に訴えると、あの事件以来娘の顔に傷が出来たのではないかと不審を述べたのでした。彼女は夫である蛍さんの父にも苦情を訴え、彼にしても自分の娘の顔にと、その笑顔になると出来るようになった窪みに酷く憤慨したのでした。


土筆(166)

2018-08-24 08:21:49 | 日記

 「違うって?」

じゃあ、何であの子はむくれてるのさ、泣いてまでいたんだよ、俺らが仲良く話していたからだろう。と、蜻蛉君も茜さんの声音に合わせて不満気に言い返しました。茜さんは驚きました。泣いてたの?あの子が?茜さんは滅多に蛍さんが人前で泣かない事を知っていました。もし彼女が泣いても、泣いている事を人に知られないようにしている事も知っていました。それで茜さんはもう1度蛍さんの方を注意深く見ると、確かに赤い目や頬に手で涙を擦った汚れが付いているのが認められました。

『なるほど、あの子泣いてたんだ。』

だからあの子すぐにこっちに来なかったんだ。茜さんには従妹の事情がそれとなく察しられるのでした。あの子が泣くなんて、何か余程悔しい事があったに違いない、そう彼女は思いました。

 そこで蜻蛉君の方に向き直った彼女は、何があったのか彼から探る事にしました。

「あんたあの子に何か言ったんじゃないの。」

何かするとか、いえ、『やはり何か言ったんだわ。あの子にこの子…』茜さんは蜻蛉君に事の次第を聞かなくても、大体の事情が予測できました。彼女は親戚だけに彼女の性質をよく知っていました。幼い頃から、蛍さんが何かされた場合、直接手や足が出る事を茜さんはよく知っていたのです。

『東雲兄さんなんて、未だにあの子の歯形が消えてないもの。』