Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

1561回 「今日の変化」

2012-06-25 14:37:20 | アート・文化
 今日気付いた事。
父が私には構わずに発音練習?を続けるようになった事。
これまでは、私という、子が部屋や側にいると黙るという、はしたない?場面を見せるという事が無かったのですが、私の存在には全く無頓着に叫ぶという?行動が続くようになりました。
もちろん、声は聞こえていました、家に居ますからね。しかし、私が姿を見せると、または家事の音を傍らで立てだすと静かになったものです。
一歩、進みましたね。
今年の春は不思議と霞状態がかからなかった、結構確りしていると感じた、これも一種の反動なんでしょうか?
一時元気になって、次に下降線を辿るという。病の常套手段?というものでしょうか。
     「今日の変化」
 何かと戦っている
決着の付くのも間近いような
そんなメロンパンのカッテイング
ヨーグルトを添えてみても
満足のいくランチとは思えない
レモンソーダを加えては過ぎるような
不完全な、不完全な
そんな今日のランチ
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感謝

2012-06-25 14:07:53 | 日記・エッセイ・コラム
このプレートを使う機会があまり無くて、気になるプレートではあったので、この機会に早速。
私の講座を受講してくださった皆様、
ありがとうございます
15名ほどの方々が受講してくださいました。
講座関係の諸氏が多かったのですが、中には私の事をご存知の方もおられた事でしょう。
心を砕いてくださった皆様には、本当にありがたく、感謝の念が絶えません。
講座が長くインターネット上に載っている内に、私はこれらの人々に、支援いただいている方々に、恥じないような講座作りが出来ているかどうか、そんな事を案じるようになりました。
植物や、園芸関係の知識、経験は、専門の学校ではなく、通信教育や独学でのものだったからです。
学べば学ぶほどに植物の種類や育て方は多様、私の物は趣味程度の知識経験で書き上げた講座です。
書き始めた当初は、長く続けるつもりでしたが、評判のぱっとしない、そう大した評価もない、時には間違っているという言葉を聴き、何処が?という質問に明瞭な答えが無い。訂正しようが無い。そんな4、5年ほどでした。
長いようで短い、短いようで長い。
私の年齢でも、そんな感じです。
今日は感謝を
講座を受講してくださった皆様に。心を込めて送りました。
  (間違いというか、加筆するべきなのか、気付いた点が1つ。球場の周りにある木は椿と山茶花、2種ありました。
プレートを見つけた時に、もう1種類あったのだと分かりました。椿か山茶花…そんな風に書き込むべき箇所でした。
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何でも

2012-06-24 10:22:01 | 日記・エッセイ・コラム
何にでも、反動というものがあるのかもしれません。
実際、講座を止めてしまうと、私は多くの花鉢を育てる気持ちが湧かなくなり、環境の悪さに抗してまで頑張る気持は尚更無く、絶えるまま、片付くものは片付け、整理できるものは整理し、と、家庭での園芸の労力を軽減しました。
楽になっていくと同時に、楽しかった散歩での花々の写真撮影や、自然の撮影などにも興味や意欲が湧かなくなりました。
気力が無くなる事とは逆に、体力の方は少しずつ上向いて行ったようです。
仕事にも出てみたり、体調から病院で診断を受けたり、新しく分かったこともあり、薬を変えた事もあり、かなり元気に行動できるようになりました。
しかし、この行動力は、園芸への労働を行おうという気力へは及ばないものでした。むしろ、どんどん園芸への意欲は遠のいて行ったのです。
それで、反動かなと思うわけです。
体力と気力は日々の一般的な家庭生活へと向かい、園芸への意欲は消火傾向、写真を撮ろうという気持ちも不思議と湧かない、昔あれだけ撮影したかなりの嗜好、花への愛着、被写体を撮ろうという楽しみの気持ち、それらを胸に持っていた自分が他人のように思い浮かぶ、そんな自分自身を奇妙にさえ思う状態です。
薬のせいかな?
と、ちらりと考えたりしました。
歳のせいかもしれません。全てが少々飛んだ感じ、ハイな状態、お陰であまり落ち込むという事が無いので、元気です。
インターネットの団体の退会理由は?園芸への気持ちの現状は?
そんな質問に、「体力と気力の減退」をあげたのは、こういった訳なんです。
日々の生活への意欲は、現在は家庭と仕事に向いている。家事と仕事を充実させたい。そんな意向も知らせて、昨日、私は自分で出来る限り講座関係の物を削除したのでした。
ハイやっぱり、悪しからず、と思うのでした。
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沢山の

2012-06-23 17:01:40 | アート・文化
沢山の思い出。
思えば沢山の思い出があるなぁと、感慨深かったのが、掲示板でした。
講座の削除には、さほど感傷なく取り組めたのに、掲示板には時と、人と、事、があったからでしょう。
さまざまな気持ちが篭るものを削除するには、ある種類の感傷が伴いました。これは確かです。
積み上げられた物が消えて行く、無くなってしまう。寂しい事には違いないものです。
風に飛び散る砂、砂上の楼閣をイメージします。
楼閣は流石におこがましいので、ただ飛び散る砂のみ、風に煽られ何粒か。
明るいサンド、色、イメージ。
そして、私に出来る削除作業は終了したのでした。
〓〓
初級編の削除は、専門の方に任せて、削除できる写真だけ消しておきました。
情熱的に講座を作った頃、
講座に興味がなくなったのは、受講者が少なかったこともそうなんですが、自分でパンフレットを配り、呼びかけてみて、手紙や葉書なども送り、広報活動、役場など、係りの方にもお願いしたり、さまざまな活動の中で、友人知人、親戚など、反応がほとんど無い。協力が無い。という反応の無さが、講座終了の動機となりました。
無くなっても世の中何の変化も無い。そんなものです。
いなくなってしまったものは一時寂しくても、それなりに馴染んで消え去ってしまう。そんなものなのかもしれないと感じます。
最初からいなかった、そんな様子になっていくのだろうと思われ、そこにあった砂粒が風で飛んで一時目に映えても、それはいつも見慣れた砂粒の1個。大きめの砂の粒。
風で飛んで目立った、グレイ、ブラック、固そうな石の光沢を持つ固体、それは大き目の砂粒だった。そうだったと脳裏にイメージとして感じただけ。
そうなのかもしれません。
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1560回 「大麦の秋」

2012-06-21 11:28:43 | アート・文化
 これは稲穂のデコ記事プレートですが、最近、麦の穂が黄金色に色づいているのを目にしました。
近年、新聞で今の時期を麦の実る時期、「麦秋」というと読んだことがあります。この時期、子とドライブして麦畑が目に入ると必ずこの説明をしたものです。
新聞で読んだのよ、と、付け加える事も忘れません。
     「大麦の秋」
 特産品にしようと
麺を貰った時の地域の麦
黄金色に実る麦その麦なのだと
眺めながら街道を、国道を、農道を
忙しなく、ゆるゆると、のんびりと
超えて何時しか台風も行き
実りの時期の厄災そう律儀に
縦断しなくてもと思う梅雨の野を分け
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