Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

4月末日

2013-04-30 21:27:17 | 日記・エッセイ・コラム
 4月月末と書くか、四月晦日と書くか、そう思いながら4月も末日になりました。
今年の4月は長かったです。月初めに父が亡くなったせいですね。様々な催しと手続き、1日自体が長かったものです。月日の経つのがこんなに遅く感じたのは青春時代以来だと思います。
よく20代に聞いた言葉
「20歳を過ぎると30歳はすぐ」
「30歳を過ぎると40歳はすぐ」
を思い出していました。
学校時代は長く感じるものですが、社会人になってしまうと単調な日常が続くせいでしょうね。
その日常の中に結婚や子育てが入ってきて、何時しか自分も年をとったなどと思ったのが30代後半だったかと思います。
両親も60代近くになり、まだそう老人という感じでもなかった頃、若い頃のイメージが少し老けたかなという感じだった頃。
父の遺影を見ていると、目元が少し寂しそうな70代、薄い唇から幸少ない人という感じを受けました。
今日のお参りの時です
最初に写真を見た時から感じていましたが、実物は飄々としていて何があってもどこ吹く風の人かと思っていました。が、写真というものは的確にその一場面の人物というのを捉えるのかもしれません。
写真に写っているこの時期、ムカッと来るくらいに変化の無い顔をしていた人と思った私でしたが、写真を見ると心労を感じ、その原因が私にあるのかと思うと気の毒な事をしたと思ったりします。
さて、明日はこの地域の祭りです。家はもちろん忌中なので不参加ですが、昨日から注連縄、御幣など張り巡らされて一変、通りは祭り一色の雰囲気になっていました。
提灯の柱も立ち、早い家は今日の日中もう提灯が下がっていました。
家は提灯はもちろん柱も出しません。今年は愛想なしです。
ほんのりと寂しそうに桜が咲いています。これも根詰まりか勢いが無くしょんぼりしているように見えます。
何でも、何でも無いようでいて内面は相当ショックを受けている、それが普通なのだと思います。
普通といえば、相続の手続きをしていて感じた事、配偶者が常に相続人になる、子供達が相続人になる。
親や兄弟姉妹、そんな相続の煩雑さが、家の場合はすんなりとした図式になるということ、普通の図式になりました。
これも、父が長命で母が世間一般の平均寿命の形で残ったおかげです。
普通の家族の系図の流れ、家族の繋がりや安定感など、社会の単位の家族の大切さ、年金や福祉の制度のありがたさ、等々を感じた父の最期でした。
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久しぶりに良いお天気に

2013-04-27 16:49:04 | 日記・エッセイ・コラム
 落ち着いたようで、なかなか忙しい毎日です。
今週の私は、母の手に余った書類の手続きに週後半を費やしていました。
父の遺産といってもそう多くないものなので、父の亡くなる前後騒がしく動き回っていた母が思う程には大したことは無いのでした。
送られてきていた書類に目を通すと、大仰な事が書かれていましたが、書かれた通りに書類を揃えると手数料だけで5千円近くになるというものです。
封書先に電話しました。そろえる書類はそう多くなくなり、大したことも無い物になりました。死亡確認の書類だけでよいという所もありました。もちろん印鑑証明は各々要ります。
簡単過ぎて返って不安になった感じでしたが、向こうがよいというのだからそれでよいのでしょう。
市役所まで書類を取りに行きました。封書先で要らないといっていた書類も入っていましたが、そのまま黙ってもらって来ました。おかげで4千円近くかかりました。
そして、帰ってから整理して見ると、やっぱり不安だからもう1枚欲しいと思う書類があり、母の印鑑証明も要るので、もう1度いく予定にしています。千二百円かかると思うと、やっぱり全体で五千円はかかりますね。
法要の計画や準備、あれこれと、考えたり行動したりすることはまだまだあります。
忙しさに紛れて過ぎて来た4月、もう落ち着いてきたかなと思う頃、そんな中、昨日父のお風呂用の洗面道具が目にとまりました。
水気を含んだ石鹸の香り、思わずしんみりとした悲しさに襲われたのは何日ぶりかでした。
不意に沈んだ感情が訪れるものだと、またまた始めて思ったものです。
何時までも悲しんではいられないと気持ちを切り替えて、目に付く所から洗面道具を片付けながら、
ふいと、
父の最期のセッケン用タオルに母は愛着を持っているのかしら?それでこんな目の付く所に移動しておいたのかしら?
などとも感じた私です。
そういえば、入院用に買ったこのナイロンタオルは、何回か使われていてもまだ真新しいままだったので、微笑んだ母が自分で使おうかと確かに言っていました。
お父さんの使ったものを
びっくりする私に、それでもええと使いたそうな表情だった母を思い出すと、洗面具から香ったセッケンの香りはこのタオルのもので、まだま新しく感じたセッケンの香りは、当日母が銭湯で使って来た為だったのかもしれません
母が風呂から帰ったあと、父の洗面器にタオルを戻して元の通り載せてあったのかもしれない。
そう思うと、母の心情が思いやられて、
かな?かな?
洗面器を目に付かない所へ移動しない方がよかったのではないかと、後悔した私でもありました。
上の絵柄は、思慕かな倹約かなです。
私も、父の入院用コップがまだ新しいのと、ストロー用の蓋つきの物でポリで割れない事から便利だと、勤務先でマイカップとして使おうかなと言ったことを思い出しました。
母は驚いて、お父さんの使っていたものを?というので、父がストローを使用して直接口をつけていないから、中はそう汚れていないと平気だった事を思うと、
 
どっちもどっちかしら?
そうですね。
人の許容範囲というのはそれぞれ違うものだと思うのでした。
幼い頃から私の口に食べ物を運んでくれたのが父でしたから、私にすれば、父の食べ残しが全然気にならなかったといえばそうなんです。
母の場合は?そうですよね、1親等以前ですものね。
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段々と晴れて

2013-04-22 22:40:37 | 日記・エッセイ・コラム
今日はまだ昨日の寒さが続いたような日でしたが、段々と晴れて暖かさが戻ってきたような日でした。
昨日は寒かったのと、雨の空模様でついセンチになってしまったようです。
思えば、やっぱり父は理解しがたいと思います。
考えてみると昨日で20日になる忌中、もう3ヶ月くらい経ったような感覚があります。1日が長かった1週間ほど、1日に多くの出来事があったせいかなと思います。
訪問、ダイレクトメール、営業のものなんですが、せっせとという感じで来ました。経験者の方は分かるでしょうか。
仏壇、墓石、料亭、ホテル、民宿
その数の多かったこと、1回ではなく2回3回の所も。
今頃になると潮が引いたような感じですが、一時は少し静かにしておいて欲しいと思うくらいピンポン訪問がありました。
今日は暖かくなったせいか、気分的にも落ち着いたものがあります。
昨日の鶯も、姿が見えなかったのですが、聞こえた辺りの道に鳥の糞が幾つか落ちているのが目に止まり、この木かなと見上げてきました。今日も仕事だったんです。
風はまだそう温かくなく、冷えもあるような気がするものでしたが、4月も下旬に入ると思うとすぐに熱いものへと変わりそうです。
年寄りの感覚は緩やかなので、そろそろ母が寂しい時期に入ったようです。父もそうそうこの世に残ってもいられないでしょうから、往生して旅立った感じですね、その方が父にもよいのですから、安心して川を渡っていって欲しいものです。合掌&バイバイ
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寒い日曜日

2013-04-21 21:58:47 | 日記・エッセイ・コラム
雨というと梅雨の定番のような気がしますが、春雨の今日、とても寒い日となりました。雪の降った地方もあるとか、流石にこちらは雨だけですみましたが寒かったですね。
遅咲きの桜だけが残っている感じですが、今日勤務に行く途中で鳥の鳴き声を聞きました。美しい鳴き声で、聞いた声の先にほーほけきょと続きそうな気がしました。そうすると鶯でしょうか?よい気分になる声でした。
勤務形態も変わって、いろんな仕事をしています。実を言うと、全然慣れません。覚えるとまたすぐに忘れてしまうというような、年のせいもあるし、仕事が複雑なせいもあるし、結構大変です。繰り返しでしょうか。
勤務後、夕飯の材料を買って帰ってきました。
プルプルプル…
せっせと夕飯の支度をしていると、何でも美味しい美味しいといって食べてくれた父の顔が浮かびます。
ちょっとしんみり、雨のせいと寒いせいでしょうか
ふと考えた事、父にプレゼントを贈ると、父は必ずお金や何かで返してきました。時には言葉で「こんなものいらなかったのに」と仏頂面をされたこともありました。
そのたびに私はむっとしたものです結構腹を立て憤慨!人の行為を無にしてと息巻いたものです。
でも、今になって思うと、父は祖父母や兄弟姉妹で残った最後の1人となりました。
若い頃に兄や妹を亡くし、してもらった事やした事をしみじみと悲しく思い出したことでしょう、その人達が亡くなった後に、残された者が味わう追憶をよく知っていた人というべきかもしれません。
残った人のことを考えて、仏頂面や憎まれ口を叩いていたのかもしれません。
しみじみとしたよい思い出にすると、残されたものの回顧がより辛く耐え難いものになると経験上知っていたのでしょう。
うがち過ぎかも知れません、子馬鹿というものでしょうか
時に神経を逆撫でされるような言動もあったのですが、人間よい面もあれば悪い面もある、一面だけ見て人は判断できないといいますから、父もそう、良い思いでと共にいろいろな面を思い出して、…
ちょっとズルイと思います。
亡くなった後は良い思いでしか思い出せないのですから、亡くなったもの勝ちというものです。馬鹿馬鹿しい
何故私が涙ぐまなければいけないのでしょう
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今日は仏滅

2013-04-17 09:21:05 | 日記・エッセイ・コラム
段々と気候がよくなり、花も多く咲きそろってきた今日は仏滅。家の宗派では、人は亡くなるとすぐ仏になるそうなので、父も今日は留守ですね。神無月ならぬ仏無日でしょうか。先に誰かが書いていそうな言葉
先日、息子がおりんについて、100日を過ぎるまで鳴らしてはいけないと本に書いてあったというので、その本を読んだ所、…よく分からない結果になりました。鳴らしていいのか悪いのか。?
どうも、お焼香や忌中のお宅へお参りに行った人への注意書きのようでした。
そこでインターネットで調べてみました。
お経を始める合図として鳴らす、というのがありました。それなら、100日待つ事も無く、お寺さんもお参りの度におリンを鳴らしていましたから、変ではないわけです。
家でも、母が教本でお経を読んでいるといっていましたし、私も、それなりに唱えたりしています。
りんりん
さて、韋駄天がお経がはじまるよと天界をふれ走るのだそうです、リンが鳴った所で読経が始まると仏を呼び集めるのだとか。
リンが鳴るたびに仏が集まって、父も嬉しいことでしょう。
そうだ、今日は仏がいないのでしたね、リンの効果もなさそうです。
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