Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華4 29

2022-02-22 16:44:41 | 日記

 蝶よ花よとされて裕福に育った2人は世間知らず。これが彼女達の共通点だった。この点共に彼女達の心中に相通じる物が有った。勿論実家が裕福とはいっても、当然両家の間には雲泥の差が有った。その差がある事で、返って清の母の胸の内には智の母に対する敵対心が湧かずにいた。寧ろそこは彼女を素朴で微笑ましいと見る感情に包まれていた。

 智の母の方にしても、清の母が口にした親戚が裕福なのだ、それを真似ているのだの言葉に、内心では半信半疑に思いながらも、彼女自身が実際にそうなのだから、相手の羨望する気持ちが思い遣られて同病愛憐れむ事と感じ入っていた。彼女にするとじんわりと嬉しい共感の思いが湧き、話のピッタリ合う友人が出来たと離れ難く思っていた。2人は幸い子も同い年、親戚という話題以外にも話す事柄に共通点が多かった。また、智の母は清の母の親戚に何時か会える事を夢見ていた。

『2人の親戚同士が富裕層の間で共に交流が有りますように。』

お互いの親戚に会う為上京する時互いに誘い合えばよい。そうすれば、『上京の機会も滞在期間も増すというものだ。』憧れの世界を見る機会も倍増する。と、満面笑みの、これが彼女の現在の希望、専らの大望と言えた。が、既に嫁して仕舞った彼女の身では、これは取らぬ狸の皮算用、鬼が笑うという類の話でしかなかった。

 このような訳で共に付き合っていたい彼女達は、清の家の玄関先と階段降り口で困り合っていた。立場上、清の母は清の父を立てなければならず、智の母は自分の子の智の親という立前を通さなければならなかった。が、決着は直ぐに着いた。苦渋の表情の智の母の腕が、再びこの屋の主人の目の前に上げられた。

ゴン!

かのじょの拳が立てた音と共に、玄関にいた彼女の子の智がその場に崩れ落ちた。


うの華4 28

2022-02-18 11:03:52 | 日記

 お前がこんな所にいるから…。何て言おうかと彼女は思い迷った。この家の亭主と自分の子の両方を上下と見ながら、彼女は今後の方策を練った。

 彼女の腕は既に下ろされていたので、その拳も緩んで開いていたが、一旦緩み掛けた彼女の拳が再び握り締められた。

『親の対面とご近所付き合いの板挟み。この奥さんとは袂を分かちたく無いから。ずうっと仲良くしていたいから…。』彼女は苦慮した。眉間に皺が寄った。変な顔だなと、彼女の子の智は母の顔を見上げて思っていた。

 子供の遊び仲間の内、この清の母親は彼女にとって特別だった。彼女の憧れる都、その上の手に住む上流の人々の雰囲気、そういう物をこの清の母親から嗅ぎ取っていた。もちろん、清の母とて表立ってそういう雰囲気を匂わせているのでは無い。が、隠してみても育ちというのは出る物らしい。さっきの電話もそうだが、生活のあらゆる点で彼女の言動は浮世離れしていたのだから。智の母で無くても、近所の奥方連はもうとうの昔に気付いていた。特に良家の子女の出に属する家の奥方連には直ぐにバレていた。「何処ぞの両家の御息女だったに違いない。」「だったじゃ無くて、今でもそうだよ。」等々、皆陰で噂し合っていた。詮索好きな奥方によって彼女の素性も調べられ、彼女の親元と密かに連絡を取っている家も数件有った。それは皆この界隈では名士と言える家ばかりだった。そうやって事情を知る者は密かに清の家族を見守っていた。そんな中、如何いうものかご本人の清の母と智の母のみが、この噂の渦中から外れていた。智の母はその口の軽さ、話に尾鰭が付くからと知識人同士の噂話から敬遠され、当の噂の主には、本当はそうなのでしょうと尋ね出る者も無かった。唯1人、この智の母を除いては、である。

 智の母は、実家自体はこの地方のかなりの田舎だったが、その家の有る地元では有数の商家の一つだった。お陰で彼女は不自由無く裕福に暮らして来た。それはその彼女の大様な性格からも推して察しられるというものだった。ともすれば、彼女には夫の質素倹約の気風が貧乏臭く感じられた。彼女の婚家自体は、舅姑の成功者の才覚が出ている家だとは思う。それなりだと感じてはいた。が、彼女の実家と比べるとやはり見劣りする共感じていた。婚家は町屋だけに敷地も狭い、下手すると彼女の実家の庭、その庭だけの延面積の方がこの家の敷地全体より広いのじゃ無いか、そう考えると、彼女は夫とその町屋に辟易として来るのだった。また、彼女の親族に都に出て事業に成功した者がいた。彼等は上の手といえる一角に住んでいた。彼女の家は幼い頃から親戚同士互いに行き来していたので、そんな都の上流、雲の上の人々ともいわれる人々を、彼女は上京した折に目の端に見、聞きする機会が有った。『あんな家に嫁ぎ、あの人達と暮らせたら…。』彼女は陶酔し、身悶えする程にその暮らしに憧憬して来たものだ。

 そんな彼女だからこそ、清の母にその上流の片鱗を見出した時、嬉々とした歓喜を持って直様彼女に飛び付かずにはいられなかった。「都の上の手におられたでしょう、お嬢様ね。」そう清の母に問い質した。清の母も出来たもので、親戚にね、そういう人に嫁いだ人がいたからと、その人に憧れて真似ているのだと言い訳した。そうやって彼女を煙に巻いておいたが、親戚でもいいわねと、そんな人の親戚というだけでもとても幸せだという凡庸な智の母に、清の母も彼女を憎からず思うのだった。そんな都会に憧れる田舎娘の成れの果て、智の母を丁度良い庶民の母の手本にしよう、そんな事を考えてもいるのが清の母の方だった。


うの華4 27

2022-02-18 09:57:08 | 日記

 階下に降りて部屋の様子を窺うと、果たして、自分の夫と近所の若奥さんの間には険悪な空気が漂っていた。「子供が時間を間違えるのは当たり前でしょう。」憮然とした荒い声と表情で、奥さんは訪問先の主人を睨んだ。

 あーあ、やっちまったね、と、彼女は内心で舌打ちした。『家のは張子の虎だからね。』そう思うと、この家のお上は夫の加勢に入るタイミングを窺い始めた。

 そうでしょう。家の子の何処が悪いの、…。と早朝の訪問者はこの家の主人に詰め寄った。口から飛び出す言葉と共に、訪問者の顔は紅潮し、その掌を握り締め、拳となった彼女の手の先を主人の目の高さ迄に持ち上げた。

「危ない!。」

他所でこの場面の先を見た事のあるお上は思わず声を上げた。

 ハッとした感じで智の母は動きを止めた。一瞬誰の声かと考えた彼女は、それがこの家のお上、自分とは気心の合うご近所の奥さん仲間の声だと気付いた。すると、自分の目の前に立つこの男性がその女性の夫だと合点した。「おやっ、ここは。」彼女は言葉を洩らした。ここは自分の子供の智が遊ぶ友達、清の家だ。彼女はハッとして部屋の中を見回した。

 智の母の荒ぶる気持ちは潮が引くように収まって来た。そこで今迄頭に血が上って朦朧としていた彼女の視界が利いて来た。素早く自分の周囲を見る。と、ここは見慣れたご近所の店先だった。店には何時もこの家にいる朗らかで物腰の良い亭主が立っている。何時もの控えめな笑顔だ。すると、やはりここはご近所の他所の家だ。「あら。」確信した彼女の態度は、照れて謙った物へと変わった。彼女の顔にもはにかんだ何時もの愛想の良い笑顔が浮かんだ。

 彼女は確か奥さんの声もしたわ、と思い付くと、玄関脇、部屋の隅に掛けられた階段の存在する方向を見た。やはりそうだ。この家の若い奥さんがいる。

「あなた、いたの。」

きまりの悪い声で細やかにいうと、笑顔の儘彼女は益々恐縮して来て頭が下がり、その中身も冷えて来た。頭が下がった彼女の視界に、彼女の足元、玄関上り口に座り込む自分の子の、呆気に取られて彼女を見守る智の顔が映った。

「お前いたの。」

渋い顔に変わった彼女はこう子に声を掛けた。「これは引くに引けないわね。」つい独り言が彼女の口を衝いて出た。


うの華4 26

2022-02-16 09:56:40 | 日記

 おやっ?。彼女は一瞬自分の目を疑った。息子が自分に怒るという事象に彼女は合点が行かなかったからだ。しかも、部屋の向こう隅にぽつんと有る小さな豆粒程の彼女の息子の小さ仁王顔である。その小さな形相、まるでお面の様なその顔の周縁には、チロチロと面を彩る炎さえ彼女には見える心地がした。勿論、彼女は子が何をそんなに憤慨しているのかと感じ取った。が、その子の母である彼女の気持ちの中には、息子の怒髪天の形相に大した恐れは湧かなかった。それでも、ちらりと彼女の心に畏怖の影が差した。が、それは違和感程度の物で済んだ。彼女は胸に湧いたほんの小さな蟠りにふっと吐息を吐いた。

 ふふふ、息子を嘲る様に清の母は笑声を洩らして清に言った。

「あんた、この母親の私に何か不満でもあるの?。」

母は笑顔を息子に向けたが、この笑顔はやはり先程の彼女の息子の笑顔と同じく妙に歪んだ皺を彼女の顔面に浮き上がらせていた。この点似た者親子と言えるのだが、母も子も気付いてはいない。息子は変な笑顔だなと自分の母の顔に違和感を感じたが、それで如何という考えは未だ湧いて来無いのだった。

 「奥さん、いい加減にしてくんな。」 

言い争い始めた2階の母子の、険悪な様相が増した頃、階下からこの屋の主人の大きな声が響いて来た。母は勿論、子もハッとして口を噤んだ。

「こっちはいい迷惑なんだ、いい加減に引き取ってくんな。」

さっさと子供を連れて自分の家に帰ったら如何だ。この夫の声に、彼女は一瞬煩悶した。夫が自分達に言ったのだろうか?と疑ったからだ。

「若奥さん、朝っぱらからこっちの迷惑も考えてくんな。」

さっさと玄関から出て行ってくれ。「智ちゃんも、もう帰ろうな。」と、こちらの彼の声は幾分柔らかい声音だった。『智ちゃん家の方だね。』彼女は安堵した。

 「あの奥さんにあんな言い方をしたら…。」

そうして直様彼女は案じた。

「子供の事だから仕様がないでしょう。」

横柄な人ね。と、この家への未明の訪問者、その保護者の片割れの、如何にも受けて立つという様な低い声がして来た。彼女は顔色を変えていけ無いと口にした。これは息子どころでは無い、彼女は血相を変えて階段へと向きを変えた。「お前との話は後からだからね。」。そう息子に言い置くと、彼女はさっと階段へと向かい、素早く階下へと姿を消した。


うの華4 25

2022-02-14 11:05:51 | 日記

 なんて嫌な気分だろう。海泥の底どころか、ドブにでも沈んだ心地だよ。こんな嫌な気分になるなんて…。「子を持つんじゃ無かった。」彼女はこの言葉を飲み込んだ。と、思っていた。

 微かに母の口から零れた言葉。沈んだ自分の母の表情を目にしながら、清はハッと我に返った。思わずキョロキョロと辺りを見回した。何時もの自分の家の寝床である。部屋の隅に台所の流しが有り、母がいる。母の服装はこの地方の家にいる時のそれだ。『ここは家だな。』彼は思った。

 時折、両親の実家に旅して寝泊まりする。そんな数日の入れ替わり立ち替わりに、幼い清は対応出来ない時があった。今現在の自分がどの世界にいるのか把握出来無くなるのだ。差目覚めた時、友達と遊ぶ時、場面や言葉が重なる時、同じ様な状態に自分が置かれると、彼は過去の記憶が現在の意識と重なってしまうのだった。

「これは本当だな。」

夢じゃ無い。清は再び、今自分がいる8畳一間程の2階の部屋を見回してみた。それから自分の母を見る。彼女は清の視線を避ける様に俯き、その顔を逸らしていた。その背後には先程彼女を手こずらせていた黒電話がきっと置かれている事だろう。清はあれこれと考え始めた。

 何を怒っているったって、こっちに分かる訳無いんだ。向こうの気持ちだからな。大体、急に顔付きが変わって、怒鳴られて怒られるんじゃ、こっちは分かり様も無いと言うもんだ。こちとら子供なんだよ。いい大人の気持ちが分かり様も無いと言うもんだ。

 そう考えると、清は無性に腹が立って来た。目の前の花瓶の花が萎れた様な母の姿も彼には気に入らなかった。『萎れた花なんて、何時迄も惜しそうに花瓶に置いとくなんて…。』『大嫌いだなあんなクズっぽいもの。』彼は思った。今目の前の彼の母の立ち姿は、清には特に気に食わ無い容姿であった。

 しかも何だよ。子を持つんじゃ無かった、って、あの人の子というと、俺だな。俺が要らないって言う意味だな。如何言う了見なんだ、親だろう。あんな女、家の事なんて何にも出来無いで嫁になって、母になって、子供が要らないだ…。これが子を持つ親の言う言葉なのか!。彼は大いに憤慨した。きっとした目をして彼は彼の母を睨みぎりぎりと歯噛みをした。

 ギシギシっ…という歯軋りの音に、清の母である彼女はハッとした。

「お止し!、歯に悪いだろう!。」

彼女は直ぐ様自分の子の身を案じて叱咤した。顔を上げて彼女の息子に視点を定めると、彼の酷く怒った形相が彼女の目に映った。それは紅蓮の炎を纏った仁王像の面、その物に見えた。