Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華4 38

2022-03-31 15:15:57 | 日記

 家の奥、台所に来ると父の姿は見え無かった。変だなぁ。子は思った。この子にすると父はてっきり台所にいるものだと思っていたのだ。しかし、台所にいると思っていた子の母でさえ玄関の方から姿を見せたのだ。『父も玄関にいるのもしれない。』子は思った。そこで、今迄自分がいた居間迄戻ろうかと子は考えたが、それでもと思い直すと、子は台所をもう一度隅から隅まで見回して自分の父の不在を確認してみた。

『やっぱりいないや。』

と子は思った。それでも、子は今一度と念を押して、台所に向かいお父さんと声を掛けた。

「いないの?、お父さん」

こう声を掛け掛け、子は台所の奥へと進んで行く。何処からも全く返事は無い。『やはり玄関だ。』父も母と同じく玄関に回ったのだ。子は思った。

『母も最初はここにいたのだ。』

子は納得し、母が玄関から姿を現した理由をこうこじ付けて理解した。2人とも裏から出て路地を抜け、道路を通り家の表に回ったのだと。

 両親の真似をしてみようとでも考えたのだろう、子供は開いている裏の勝手口へと近付くと、廊下の降り口の下、土間に自分の小さな履き物を発見した。

『おや、こんな所に置いたままにしておいたかな。』

子は自分の履き物がこんな所に存在しているのを不思議に思ったが、普段、どちらと限らず、表裏と出入りする度にその場に脱ぎ置く履き物だ、ここで脱いだのだろうと納得してみたが、妙に自分の履き物に係る直近の記憶に、その履き物の事情がそぐわない気がした。「表で脱いだのが最後だと思うがなぁ…。」と、納得した自分の気持ちとは裏腹の言葉が、ついつい子供の口を突いて出た。

 『おやっ⁉︎。』、裏庭に出て来た子はそこに自分の父親の立ち姿を発見した。これは子には意外な事だった。そこでお父さんいたのと父に声を掛けた。が、父から子への返事は無かった。父は子供の目から見ると斜め向こうを向いていた。自分の子に彼の背と横顔、彼の面の顔色が少し見える程度だけで、彼の目鼻も見えない様な向きの顔の肌色部分を申し訳の様にだけ見せて、この家の裏庭に居た堪れぬ雰囲気を滲ませて佇んでいた。


うの華4 37

2022-03-30 06:30:45 | 日記

 突然、ガラガラ…、ドン!っと、家の玄関上り口の方向で、小さな雷鳴が轟いた。『家の中で雷が鳴る?、なんて…。』私はその事を意外に思った。雷神に対する己が臍の喪失という恐怖よりも、屋内での雷発生という摩訶不思議な現象への不思議が私の内で勝った。『何だろうか?』私は祖父母と共に、居間の隣、階段の部屋に向けて開け放たれている居間の入り口を見守った。

 私達3人が見守る中、居間の開いた入り口から見える位置に、漸う姿を現した人物というと、それは私にとっては意外な人物、私の母であった。おやと私は思った。てっきり彼女は現在私の父と共に台所にいるものだとこの時迄私は思っていたからだ。隣の間にいる人物を、本当に母だろうかと私が目を凝らして見つめてみると、彼女は見るからにくたびれたぼろっとした感じの姿だった。そうしてそんな伏し目がちの母は、私達3人の注目を浴びる中で恥入り悪びれた様子をしていた。しかも彼女は階段の部屋に入る時、横様に移動して玄関から現れた。それは誰かの手に押されてその身を現した様にも私には見えた。私の見えない戸の影に誰かいて、その影にいる人物が私の母の肩に手を掛け、手で以って顔女の身をこの家の奥へと押し込んでいるのだろうか?。それは私の父だろうか?。私は半信半疑、そう疑い推論してみた。

 「今度こんな事があったら警察に突き出すからな。」

そんな声が隣の部屋の玄関入り口方向から聞こえ、今日の所はこれで勘弁してやる。そんな声が玄関降り口から聞こえたようだ。父の声とは違うなと私は思った。子供の手前だ、仕様が無い、これから気をつけろ、等々。これは内では無い誰か他の家の人の声らしかった。『私には聞き覚えが無い人の様だ。』私は思った。そうして言葉の意味がよく分からなかった。この現況事態が私にはさっぱり読めないのだから、私に耳にする言葉を理解しろという方が土台無理だった。何を言っているのかなと思う内に、ちゃぶ台から祖父がスッと無言で立ち上がり、居間に在る土間、その土間から家の玄関に向けて造られている引き違い戸の、格子の部分の隙間から、彼は畳の間から彼の身を伸ばして表を覗くと玄関を窺う状態になった。祖父はそのまま暫く伸びをして静かに玄関を眺めていた。

 祖父が食卓に戻る頃、私の母はしょんぼりとしょぼくれた感じで居間に進んで来た。彼女は項垂れた感じで居間の入り口に立った。そんな私の母の姿に、祖母はねえさんと一言声を掛けた。それに対して、この屋の若い嫁は目を伏せた儘黙っていた。

「あの子はどうしたの。」

姑が声を掛けると、

「庭だろう。」

嫁では無く舅が返事をした。

「お前、智ちゃん。ちょっと行って、お父さんを呼んで来ておくれでないか。」

姑は微笑むとこの屋の孫に声を掛けた。うん、いいよ。孫は祖母の願いに機嫌よく返事をして、その場を発つと家の奥へと向かった。


うの華4 36

2022-03-24 14:28:21 | 日記

 そうですか、そう祖母は言うと、それでも視線は祖父に向けた儘で、ゆうるりと彼女は私の方へと膝を向け始めた。彼女は飽く迄自分の夫の様子が気掛かりなのだ。その後も私の祖母はこちらに向き果せ無いでいた。私は祖母に声を掛けた。

 「お祖父ちゃん、怒ってるの?。」

「そ、そうだね。その様だね。」

祖母は声だけ私に向けて喋っていた。「何を怒ってるの?。」私は問い掛けた。これは祖母に向けての問い掛けだった。

 えっ?、さっ、さあ?。祖母は未だ祖父の方を向いて言い淀んでいたが、私が祖父の背に目を向けてみると、この頃には祖父の背中から角が取れて来ていた。夫の背が丸くなった様な気配に、もう良いと判断した私の祖母は、遂に彼女の顔を私の方へと向けた。

 「お前分かるかい。」

祖母は私の顔を真面目な顔で見詰めながら問い掛けて来た。私は首を縦に振った。

「お祖父ちゃんが怒っているって…。」

祖母は内緒話をする様にこっそりと私に話し掛けて来る。それはと、私は彼女に答えた。こちらに背中を向けて拗ねた様子が、如何にも遊び仲間や子供達のご機嫌斜めな様子と同様だと。

「あんな時は怒っているんだよ。」

私はこの前気が付いたのだと、その時の自分の経験を祖母に説明した。そうして付け加えた。「大人も同じなんだね。」。

 その後私は、鼻白んだような顔をした祖母に何故祖父が怒っているのか分かるかと訊かれて分からないと答えたが、続けて祖母に、祖父の不機嫌になる前、彼がこちら側の私達に背を向ける前のこの場の状況を訊かれたので、私は彼女に事細かにその時の状態を説明してみせた。

 「…その時に気が付くと」私は言った。「お母さんがいなくなってて、」私は続けた。台所へ行ったらしいと。それで少ししたら父も立ち上がって台所へ行ったのだろうと。この事は確かに私が目にした事だった。するとここで、祖母はハッとした様子で口を開けた。彼女は私達3人だけのちゃぶ台の周囲を改めて見回した。そうして彼女は口を開けた儘、ちゃぶ台の向こうの祖父を見詰めた。彼女は自分の夫というよりも、この食卓の部屋の空間の一点を見詰めていた。

「問題はあの娘(こ)が何処へ行ったのかだわ。」

私の祖母は呟いた。

 どうやら祖母のこの憂いが祖父の知る所となり、その事について私の祖父母が二言三言と話を始めた頃、バタバタ…、と、家の前から玄関、そしてこの居間へ騒動が音を増して近付き、瞬く間にその騒音の大元が姿を現した。何方だろう?何と無く私はその言葉を胸に思い浮かべた。その場の祖父母の空気を読んだのかも知れない。両方だろうか。私はそんな声を聞いた様にも思う。


うの華4 35

2022-03-23 12:33:44 | 日記

 「そうだったのか。あの男、そんな男だったのか。」

夫は顔を曇らせて唸った。

「今まで騙されていたとは、私も迂闊だった。」

夫は顳顬に青筋を立てて怒りの表情を浮かべた。が、彼は相変わらずしんみりと元気無い様子で正座した儘の妻の姿に気付くと、彼女を気遣ったのか、直ぐにうっすらとした笑みを彼の頬に浮かべ、彼女に優しく視線を送ると物言いたげに口を蠢かせた。彼はそのままで暫し妻の様子を見守っていた。

 静かに、彼は優しく彼の妻に言葉を掛けた。

「お前、大丈夫なのかい。」

彼の妻は物思いに耽っていた。過去の幾つかの出来事が彼女の瞼に走馬灯の様に過ぎると、思わず彼女は「大丈夫かしら。」とぽそりと呟いた。だが未だ瞳は伏せられた儘だった。夫の方は静かに妻を見守った儘だったが、その表情には明らかに不快な感情が浮かべられた。彼は妻から視線を外すと、フンという様に自分の体の向きも妻から逸らせた。食卓は再び寡黙な気配に包まれた。

 私は私の祖父の様子に、祖父が腹を立てていると感じ取った。しかしその理由は私には不明だった。「お祖父ちゃん、どうして怒ってるんだろう。」私は自分の御膳の向こう、祖父の様子を眺めながら呟いた。

「お祖父ちゃん、何を怒ってるの?。」

私はちゃぶ台の向こうの祖父に直接的に問い掛けた。何か嫌な事があったの?、と。すると祖父は、孫の私に愛想をするという事もせず、無言の儘、益々こちらから顔を逸らせると、遂に彼はこちらに向かって彼の背中など見せてしまった。これには私も閉口してしまった。思わず顰めっ面をしてしまう。もうっと、せっかく聞いてあげたのに、お祖父ちゃんたら。私は祖母の横でぼやいた。この頃、いつの間にか私の父母は共に食卓から消え去っていた。

 私の不平な呟きに、漸く横にいた祖母がハッと顔を上げた。彼女は食卓の向こうに自分の夫を発見し、あっ!、と声を発すると大きく口を開けた。そうして直ぐに彼女の口を横に引き、苦い表情を彼女のその顔に浮かべた。丸く見開かれた彼女の目は彼女の夫で有る私の祖父に釘付けになっていた。私はそんな祖母の様子を見守った。

 おろおろと、と言うのだろう。明らかに彼女は狼狽えていた。私の祖母だ。私の見守る中、私の横に座っていた祖母は体の方も揺すり始めた。これは貧乏ゆすりでは無い、彼女の内心の動揺が、彼女の表面に迄現れているのだ。それは私にも何となく分かった。私はそっと私の横にいた祖母の片膝を私の右手で撫でた。

 えっ、ええと、祖母の瞳は祖父を見つめた儘だったが、彼女は私の働き掛けにやはり私が感じた通り、彼女の心の動揺を表す上ずった声で反応して来た。私は彼女が落ち着く様にと、更に彼女の膝を優しく数回撫でた。「な、何です?。」祖母は祖父を見つめた儘、私からは顔を横に向けた儘で問い掛けて来た。「何の用があるんです。」

 この問いは、私に向けてだろうと私は思ったが、何しろ彼女の顔は祖父の方を向いているのだ、私は祖母の問い掛けているのが自分なのか?、祖父なのか?、と怪しんだ。私は自分の手を祖母の膝から引っ込めると、祖母の方をきちんと向いて正座した儘祖母の横顔を見上げた。数回、彼女は上の空で何ですを繰り返していた。彼女は、明らかにつむじを曲げた自分の夫から彼女の注意を逸らせなかったのだ。

「先に孫の用件を済ませたらどうだい。」

「私達の話は後でいいから。」

あっちを向いた儘で、私の祖父が彼女に助け舟を出した。 


うの華4 34

2022-03-18 11:01:28 | 日記

 「いやぁ、修羅場だったね。」

食卓にしている黒っぽいちゃぶ台を前に、そこに座した私の祖父が目を細くすると微笑を作り、その場に居た家族皆の寡黙に幕を引く為か至ってさり気ない口調で口火を切った。私は自分の茶碗の中、それ迄せっせと口に運び込んでいた白いお米の粒、見詰めていたその艶めいた粒の塊から思わず視線を上げた。そうして、私はそういえば今日の夕飯は皆静かだなと思った。

 それ迄はご飯を食べる事に夢中でいた私だったが、今になって気付いてみると、この食事時間は我が家の普段の食事中とは違う様子だった。食卓回りは妙な雰囲気を醸し出していた。平生の我が家の食卓の様に、家族の誰彼が発する陽気な声を今回私は聞いていなかったのだ。つまり、食事が始まってからそれ迄の間、皆が殆ど声を発してしていなかったのだ。

 私はちゃぶ台の側に座す人々を見回してみた。すると、皆俯いて伏し目がちだった。母等は、私の視線を避ける様に俯いた儘私から顔を背けた。『何か怒らせたのかな…。』思い当たる事の無い私は妙な気がした。私は助けを求める様に祖母の顔を見た。彼女はこんな時、智ちゃん気にしなくていいよ、等、決まって私に優しい声を掛けてくれるのだ。が、彼女の様子もおかしかった。

 俯き、欹てた目を伏し目にした祖母が、両手に持った茶碗と箸を下に下ろして声も無く吐息を吐いた。彼女は未だ細々と食事中だったが、その後の手の動きを殆どし無くなった。祖母は以降顔を曇らせた儘、食事が全くといってよい程喉を通ら無くなった気配だ。

 「あんなに物静かで、何時もお上品な言葉しか聞いた事が無いあのご亭主が、」

祖父は続けた。あんなに汚い言葉で人を罵るなんて。彼は妻に顔を向けて言葉を掛けた。「なぁ、お前知っていたかい?、あの人があんな物言いをする人物だったなんて事を。」

私はここ何十年かここに住むけどね、あんなに怒ったあの人を見たのは、まぁ、これが初めての事だったよ。「お前知っていたかい?。」、彼は再び彼の妻に言葉を掛けた。私の祖母は、節目の儘、静かに元気無くその場に座していた。そこで私の祖父は再び続けた。

「言葉だけじゃ無い。物腰だって、いつも上品な柳腰、何事も人に譲って遜り、こんな無学な私にだって、お先にどうぞと、会合の時なんか何時も私を先に通してくれるんだ。とても腰の低い男なんだよ、あのご亭主は。」

「あんな大店のご店主で、大した物だと、何時も私は心の内で感心していたが、はてさて今日は、一体全体如何したっていうんだろうなぁ、私はとんと合点が行かないよ。」

「何が有ったっていうんだろうなぁ。」

祖父ふぅと息を吐くと盛んに首を捻っている。

 その後私の祖父は、彼の妻の彼への何らかの応答を待っていたが、妻の方は一向に反応して来無かった。彼は妻を見たのだが、彼の視線の先、私も彼に釣られて見詰めて見たのだが、私の祖母は以前物思う風情で下を向いた儘だった。しんみりとしていて自分の夫への返答はして来無かった。

 夫は妻の同意の無い様子が妙に思えた。そうしてハッと彼の妻の無言の真意を汲み取った。

「そうなのかい。」

彼は真面目な顔になると口にした。彼のその目は一心に妻の顔やその様子に注がれている。

「そうだったのか。」

夫は納得した様に呟いた。