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校内神社では唯一残っている石灯籠かもしれない
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大内国民学校初等第一年入学記念 昭和18年4月7日となっている
大内庄大内では国民総動員記念事業として大内公学校に校内神社を建立することになり、昭和13年4月13日に大麻奉遷祭が執り行われた
日本統治時代の大内小学校の沿革を見ると、明治45年(1912年)に六甲公学校内庄分校として創立し、その後内庄公学校・大内公学校そして大内国民学校と名前を変えている。
神社の遺跡は小学校のグランド裏にあった。すぐに4基の石燈籠と三段の石段が目につく。三段目の石段を上ると石柵がある。この石柵に囲まれた場所に本殿があったようである。現在は、本殿の場所は大内村六鄰鄰長の楊政宅の庭となっており、古い標札は内庄73となっていた。今でも美しい神社遺跡が残る学校神社である。
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