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2016/10/21 元興寺とならまち周辺と浄瑠璃寺を訪ねる。

2016-10-24 | 尾張文化の会

2016/10/21 元興寺とならまち周辺と浄瑠璃寺を訪ねる。

 元興寺とならまち
 奈良時代(八世紀)の元興寺の金堂や塔、南大門など主要な伽藍があった地域と推定されている。中世以降、奈良の町の発展にともない寺地の大半は宅地化がなされたところ。

◆元興寺(がんごうじ)真言律宗
 南都七大寺の1つに数えられる寺院と云われる。
 蘇我馬子が飛鳥に建立した、日本最古の本格的仏教寺院である法興寺(現在、飛鳥寺)がその前身である。平城京遷都に伴って飛鳥から新都へ移転し、元興寺となった「元興寺極楽坊」と称し西大寺の末寺でもある。
元興寺には、国宝建造物が3つある。本堂、禅室、五重小塔などが見どころであった。
○山門
  
  山門     北山門
○本堂(国宝)、禅室(国宝)
 極楽坊本堂は寛元二年(1244)に再建されたが、その際古材を随所に用いている。かつては僧侶の生活と修行の場であったと云われる。
  
  本堂     本堂側面     禅室
○本堂の屋根
 屋根の赤味がかった古い瓦は6世紀末から風雪に耐えた日本で最初に造られた瓦であると云われる。

 日本で最も古い瓦
○五重小塔(国宝)
 小塔本体の高さは基壇上から5.5mで実際の塔の10分の1に造られています。

   五重小塔
◆元興寺塔跡(重文)
 奈良時代(八世紀)の元興寺の東塔跡である。安政六年(1859)に焼失した、高さは約50m(二十四丈)の五重塔である。
 
  入口     山門
   
  五重塔の礎石   礎石の並びが塔の大きさを遺している。
○啼燈籠 正嘉元年(1257)の刻銘が見えた。
  
  啼燈籠         奥は観音堂
◆元興寺小塔院跡
 聖武天皇のころ、元興寺の西の金堂と呼ばれた吉祥堂が大仏開眼の導師を務めた菩提遷那(ぼだいせんな)の来日を機に小塔堂として改築された。
 境内に奈良時代から平安時代初期に活躍した法相宗の僧、護命(ごみょう)の供養塔がある。
 
 入口小塔院跡    護命供養塔
◆元興寺本堂跡 宝徳三年(1451)に炎上 
 
  本堂跡
◆大乗院庭園
  大乗院は、文化4年(1087)に創建された興福寺の門跡寺院で、庭園は室町時代の徳政一揆で荒廃したが、その後、室町時代に活躍した庭師で第一人者だった「善阿弥(ぜんあみ)」によって改造された。
  
  入口     庭園
◆十輪院(じゅうりんいん)
  元は大寺院だった元興寺の別院で、寺伝によると元正天皇(715-724)の勅願寺で奈良時代に朝野魚養(あさのなかい)(右大臣・吉備真備(きびのまきび)の長男)が、元正天皇の旧殿を拝領し創建したと伝わる。中世以降は庶民の地蔵信仰の寺として栄えた。朝野魚養は能書(書道の名人)とされ、弘法大師空海の書の師ともいう。ご本尊は石仏龕中央の地蔵菩薩です。
○本堂(国宝)[鎌倉時代]
 本堂
○石仏龕(がん)(重文)[平安中期から鎌倉前期] 花崗岩製
 弘仁年間(810-823)に弘法大師が石造地蔵菩薩を造立された、龕中央の奥に本尊地蔵菩薩、その左右に釈迦如来、弥勒菩薩を浮き彫りで表わしています。

  本尊の地蔵菩薩
○十輪院の境内にある魚養塚。
朝野宿彌魚養(あさのすくねなかい)のお墓です。
  
  魚養塚
○みんなのお寺(十輪院仏教相談センタ)
商店街(奈良市東向南町)の中にあるお寺で、朝、夕の勤行、写経、写仏、瞑想もできる場所で仏事、人生相談を受け付けているそうです。又、東京の神田神保町にもあるそうです。
・河島英五の墓

   河島英五の墓前模様

◆浄瑠璃寺(じょうるりじ)真言律宗
 永承二年(1047)に薬師如来像を本尊として創建された。末法思想と結びついて貴族や庶民の間に広まった浄土教を反映して、境内の伽藍配置は藤原時代に流行した浄土信仰の形式で阿字池を中心に阿弥陀堂と三重塔が立っている。
○本堂「九体阿弥陀堂」(国宝)嘉承二年(1107)建立した。
  
 山門     本堂     灯籠越しに灯籠と本堂を望む
○三重塔(国宝)治承二年(1178)京都の一条大宮から移建した。
 三重塔内に安置されている秘仏薬師如来像(重文)は九体阿弥陀仏より六十年前に造顕された時のご本尊である。

   三重塔

○阿弥陀如来坐像「九体」(国宝)浄瑠璃寺のご本尊である。
 「感無量寿経」にある九品往生の九つの如来である。
中尊は丈六像で来迎印(下生印)、他の八体は半丈六像で定印(上生印)を結んでおられる。


 
  阿弥陀如来坐像「九体」
○秘仏吉祥天女立像(重文)建暦二年(1212)この寺の本堂に祀られたと云われる。
 五穀豊穣、天下泰平などの豊かな暮らしと平和を授かる幸福の女神である。

 吉祥天女立像
○その他九体阿弥陀堂内の仏像
・子安地蔵菩薩像(重文)[藤原時代]
・不動明王三尊像(重文)[鎌倉時代]
・持国天(国宝)[藤原時代]
・増長天(国宝)[藤原時代]
○博物館に出ておられる仏さま
(お坊さんいわく出張中の像は4体有ると語る。)
・東京国立博物館「延命地蔵菩薩像」(重文)[藤原時代]
・奈良国立博物館「馬頭観音像」(重文)[藤原時代]
・奈良国立博物館「多聞天」
・東京国立博物館「広目天」
      以上  

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