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ケネディ大統領暗殺事件直後の日本の新聞記事 その4 11月25日夕刊記事

2013年08月05日 | JFK ケネディをめぐる本・新聞記事

▲ ケネディ大統領暗殺事件直後の日本の新聞記事 11月25日夕刊記事 東京新聞

夕刊記事にも東京新聞坂井特派員の報告 「ルビーによるオズワルド暗殺記事」掲載される。

彼の率直なことばが、聞こえる。

「ワシントン24日坂井特派員」 の記事を読もう。

「ケネディ米大統領の暗殺容疑者リー・ハーベイ・オズワルドがダラス警察内で、横腹を撃たれて、たおれる現場はテレビや、新聞写真班のカメラに写されていたが、まったく胸の悪くなる光景だった、多数の警官や私服刑事らが取り囲んでいながら、”シカゴから流れてきた前科のあるナイトクラブ経営者”ルビーとは顔なじみだというので、

彼を厳重な警戒線の中に入れ、ピストルを胴腹にくっつけて引き金を引かれるのを止め得なかった、あるいは故意に止めなかったのかも知れない

テレビはひとコマひとコマスローモーション・フィルムで放送した。帽子をかぶった犯人が役人たちの人がきを押しわけてオズワルドに近づくところや、撃たれたオズワルドが倒れて大騒ぎになる様子が手に取るようにわかる。

ダラス・モーニング・ニュースの写真部員ジャック・ビーアスは犯人がオズワルドの胴腹にくっつけて発射する瞬間を写している。

警察のやり方は不可解なところがいくつもある。初めからオズワルドが真犯人に違いないと何回も声明しながら、、指紋や、弾丸についている条こん(痕)の拡大鏡の比較報告についてははっきりしたことは発表しなかった。

本人が死んだらなんと言おうと反駁はできない。報道陣でも厳密に調べてから、警戒線の中にいれていた警察が、不法凶器携帯その他の前科者をぬけぬけ警察の地下室に大手を振って通した。

犯人ジャック・ルビーが経営するナイトクラブの使用人が、オズワルドがそのキャバレーにきたのを見たといっている。オズワルドを生かしておいては具合が悪いから、早いところ消したのではないかとという疑いも起こってくる。

ケネディ大統領が白昼狙撃されたのは米国の大損失で、嘆かわしいことだが、重要な容疑者を警察の前で、むざむざ殺させたのは、法治国の恥辱であると多くの米国人はくやしがっている。」

 

ケネディ大統領暗殺事件直後の日本の新聞記事 その4 11月25日夕刊記事 東京新聞

 

 ▼ 1963年11月25日 東京新聞 夕刊 第2面 

 ▲ 2面中央上の写真は、11月24日 議事堂に安置されたケネディに最後の別れを告げ、階段を下るジャクリーヌ夫人と二人の遺児キャロラインとジョン キャロラインは奇しくも、事件から50年を迎える2013年、駐日大使になることが決まったようだ。

1963年のこのとき、キャロラインはまだ5歳、悲しさに耐えてうつむいているように見えるが。父の死を理解していたのだろうか。

中央2番目の写真はホワイトハウス前の通りで、ケネディの棺を見送る群衆。

2番目の写真の右の記事は、オズワルドを殺したジャック・ルビーの記事が載る。

ジャック・ルビーについては、当初外信メディアはどう伝えていたのか。

そのままの翻訳なのか、要約なのかわからないが、こうある。

「ダラス24日AFP」

「・・・・・オズワルドを撃ったジャック・ルビーは、24日彼を逮捕した警官の一人に「おれは、ジャクリーン夫人のかたきをとりたかったんだ」と語った。・・・」

またUPIはこう伝える。

「ダラス24日UPI」

「ケネディ米大統領暗殺容疑者オズワルドを射殺した犯人ジャック・ルビーは友人その他を総合すると、およそ次のような男である。

本名はジャック・レオン・ルービンスタインと言い、52歳の独身、女きょうだいが2人いる。シカゴからの流れ者で、ダラス市で、”カルセル”というストリップ・ショーもやるナイト・クラブと”ベガス”というダンスホールを経営している夜の街の顔役で、警官とも顔馴染み。シカゴではヤクザ仲間とのつき合いがあった。1953、4年に凶器不法所持法違反、54年アルコール法違反、59、60年には、ダンスホール経営法違反で、起訴されるが、重罪の前科はない。

性格はさびしがり屋で、感情に激しやすく、ケネディ前大統領の熱烈な崇拝者だった。」

 

「ほんとうかね」と、外電の記事の信憑性を疑う。

外電とは、「このように世界を理解すべきだと考える人たちの創作・広告塔なのでは?」

確かにルビーの友人たちの話を集めればこのようになるのかも知れないが、この人たちもルビーと同じ裏社会の仲間の話だったら、という疑問がすっぽり抜け落ちているんだねぇ。ジャック・ルビーは「ケネディ前大統領の熱烈な崇拝者だった。」ということばには心底、「外電は眉に  して読むべき」という至言を前提に読むべきとわかる。

11月25日の東京新聞第2面の最下段の小さな記事がようやく目に止まった。

モスクワ放送の解説記事である。

最下段にあり、誰も読まないような小さな記事であるが、短いにもかかわらず、事件後数日しか経たないのに要を得て的の中心に当たっていると思う。

それにはこうある。

「モスクワ24日ロイター=共同」

「グループの犯行」

「モスクワ放送のゾーリン解説員は24日ケネディ大統領暗殺事件で、の解説番組で、オズワルドの射殺にふれ、これは大統領の暗殺の真相を隠すことをねらったものであり、一人の男の犯行ではなく、あるグループがおこなったものであると述べた。同氏はこの中で、事件の発生したテキサスにおける右翼の活動について数回ふれている」

東西冷戦のまっただ中、社会主義国家の意見記事は、小さく扱うというメディアの暗黙のルールがあったのどうかかわからないが、短くとも、「一人の男の犯行ではなく、あるグループがおこなったものである」と述べた所を引用している。言いかえれば、陰謀であろうと指摘しているわけで、早い段階で、このような指摘をしていたことは、注目される。

25日夕刊の坂井特派員のダラス警察に対する疑問も現地のテレビを視聴した上で、その趣旨は明確であったし、ルビーの店の使用人が、ルビーのキャバレーに、オズワルドがやってきたのを見たということを書きとめている。おそらく、ルビーとオズワルドは顔見知りであったことがここで分かるわけで、大変重要なことを、坂井特派記者は、アメリカで初期の情報を入手しているのだ。このような目撃情報は後になるほど抹消されていく。

アメリカ政府を刺激しない方向で、大手新聞が米政府・警察発表をそのまま載せる方向であった記事内容に対し、ローカル紙の記者の持ち味を出していると考えられる。

どうもその後、坂井特派員のような初期の疑問の声は生かされず、日本で詳しい報道機関による調査報道はなされなかったと考えられる。FBI発表、政府公式発表が日本のメディアを覆いつくす。

その中で、共同通信社の仲 晃は、この事件を当時から追い続け、1995年には『ケネディはなぜ暗殺されたか』 1995年 NHKブックス728を刊行し、記者時代の疑問を解こうと、奮闘してきたと考える。毎日新聞社の大森実は、事件の頃毎日のワシントン支局にも勤務し、ウォーレン報告書刊行の日本語訳の監修をした。当時は、単独犯説を受け入れていたが、その後単独犯行ではないと確信するに至った。同盟国日本は、事件報道もアメリカに配慮しながら、報道を行っていたのか。大いに注意を払って記事を読む習慣を身につけたいと思う。

仲 晃の『ケネディはなぜ暗殺されたか』については、私のブログ2012年6月11日の記事を参照されたい。

 

 ▲ 仲 晃 の 『ケネディはなぜ暗殺されたか』 1995 NHKブックス 

当ブログ 2012年6月11日 記事あり

 

 ▲ 大森 実 監修 毎日新聞社外信部 訳  弘文堂 1964 

アメリカのケネディ暗殺事件の政府公式報告書  読めば読むほどオズワルド単独犯行が不可能とわかる本。いわゆる魔法の銃弾説採用により、何としても、3発の銃撃で一件落着させたい苦心の作品。一夜にしてクーデターが起きる通称・蔑称バナナ国家というあやしげな国家が、かつていくつも存在(今でもあるが)したが、そのような国家と見比べる必要のある作品。このような報告書が、政府公式事件報告書として、出されたということに驚愕する。

2000年以降のケネディ暗殺に関わる日本での出版では

▲ 土田 宏 『秘密工作 ケネディ暗殺』 2003年 彩流社 が第一番か。

土田 宏にはこのほかにもケネディに関わる著書・訳書多数ある。土田の訳書である、ディヴィッド S.リフトン『ベスト・エヴィデンス―ケネディ暗殺の虚実』上・下巻、1985年 彩流社 は 暗殺謀略の隠蔽のため、ベセスタ海軍病院での検死解剖に科学者の目で再検証の手を入れる。パークランド病院からなぜ、ケネディの遺体を強奪するように海軍病院に運んでいったかが、追求される。絶版状態だが、古書店や、大きめの図書館には収蔵されているはず。再版される時は原著書の改訂版を希望したい。

 

このほか、翻訳に

 ▲ ウィリアム・レモン 、ビリー・ソル・エステス 廣田明子 訳 『JFK暗殺 40年目の真実』 2004年 原書房

 

 ▲ バー・マクレラン  赤根洋子 訳 『ケネディを殺した副大統領 ーその知と金と権力』  2005年 文藝春秋

上の2冊は、副大統領ジョンソン周辺の動きを扱うが、陰謀は仲 晃が言うように、「蜘蛛の巣のようにはりめぐらされており」、単独の勢力による狙撃ではあり得ない。土田 宏の『秘密工作 ケネディ暗殺』 と仲 晃の『ケネディはなぜ暗殺されたか』の併読が必要と考える。

また古典的名著となっている本

『誰がケネディを殺したのか』 トーマス・ブキャナン著、文芸春秋、1964年 については

当ブログ 2012年6月9日 へ

 

『大がかりな嘘 だれがケネディを殺ったのか』 マーク・レーン著、飯塚忠雄訳、扶桑社、1992年 については

当ブログ 2012年7月18日・19日 へ

 

『JFK ケネディ暗殺犯を追え』 ジム・ギャリソン著、岩瀬孝雄訳、早川書房、1992年

も薦めたい。

今でも真相解明の試みに対して横やりをいれて妨害する挙にでる、悪質なマスメディアの類は

『JFK ケネディ暗殺犯の真相を追って』 オリバー・ストーンほか著、中俣真知子・篠原紀子訳、1993年 キネマ旬報社 の本を読むと明らかである。

これについては当ブログ 2013年 1月3日 へ 

映画JFK 製作中にシナリオを盗みだして、完成稿でないシナリオをもとに、映画をみる前に作品を酷評する輩が、アメリカ大手マスメディアにいたことがこれで分かる。マスコミが狂乱するほど、「JFKが陰謀によって殺された」と考えてはいけない深い理由があるのか?ますます、アメリカ社会通念への疑問が、沸き立つこと請け合いの本。分厚いが、それだけのことはある。

アメリカの大手メデイアの大政翼賛会的状況はここまですすんでいるんだ、ということがわかる本。もちろんJFKのシナリオも載っているし、各メデイアの言葉の暴力の大合唱を実感できる。またJFKの死によって、ベトナム戦争に深入りしていく、政府資料もあり、JFKをめぐる、皮肉な・アメリカ現代史入門ともなっている。「映画JFK」はながいせりふも多く、映画がよく理解できなかった人にも、役にたつ。

現在オリバー・ストーン監督は来日中であるが、NHKBS放送で、アメリカ現代史家との共作のドキュメンタリー映画「もうひとつのアメリカ史」が深夜12時から再放映中である。全10回シリーズで、随所に新視点や、実写フィルムが豊富。前回見逃した人はぜひこのシリーズの視聴をお薦め。

 

(2009年1月3日の当ブログに1964年~2000年までの日本語で読めるケネディ暗殺関係書籍の文献抄(書籍名・著者・発行年・出版社名のみ)を2回に分け掲載してあります。網羅的ではなく、あくまで、入手し読んだもの、または、図書館等で、借読したものに限る。ケネディ時代の背景の分かる文献も一部収録。時々更新しています。)

 

 

 

 

 



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