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▲ 『新訂増補 世界民族問題事典』 平凡社 2002年 1398頁 本体18000円
ウクライナをはじめ世界紛争のニュースが交錯する中、簡単に国家が転覆したり、ウクライナ暫定政府の承認が既成事実となっている状況はいったい何だろう。国家とは何か、民族と何か、国家の正統性はどのようにして確保できるのだろう。
『新訂増補 世界民族問題事典』 が出版されてから10年以上が経ち、最近の歴史事情は盛り込まれていないが、依然として、1冊で世界民族問題を歴史的に振り返るのに参考になる座右の書は、この本と、三省堂から出ている『20世紀世界紛争事典』 2000年 ではないだろうか。
旧ソ連から独立した国家群はバルト三国を除いて、その多くはCIS(独立国家共同体)となり、その後、2003年前後の政治変革期を経て、再び、世界現代史の表面に顕れるようになって来た。
旧ソ連時代は、連邦内共和国として、ロシアの穀倉地帯として、広い国土が、特に単独で問題になることはなかったのだが。ソ連解体後、独立国家として、ヨーロッパ最大の面積をもち、5000万近い人口有していることから、欧米の高い関心と関与がこの地域を焦点化することになった。独立当初からオレンジ革命と称される時期にはロシアの影響力が薄らいでみえる時期があったが、ロシアのエネルギー再開発が順調となり、オイルの価格上昇もあって、再びロシアのウクライナに対する影響力が増してきた環境があった。
▲ 『新訂増補 世界民族問題事典』 平凡社 2002年 190頁 から
以下は阿部三樹夫の解説の要約
1991年8月25日 ウクライナ最高会議 ロシアから独立宣言
1991年12月1日 国民投票で90.32パーセント独立支持、独立達成
独立後の諸問題
1 独立後経済生活の低迷と、独立への幻滅の問題
独立前にはモスクワ指導の計画・指令経済から脱すれば経済が立ち直るという熱情と楽観論に支えられていたが、その後、依然として経済は低迷。
2 歴史的に形成された地域差の問題
宗教の点
西ウクライナでは復活してウクライナ・カトリック教会、中部と東部では独立派とモスクワ派のウクライナ正教会が優勢。ポーランドのように信仰の統一が国民統一の紐帯ににならず、分裂の要因。
歴史的関係 の点
東・南部
ロシア系住民とロシア化したウクライナ人が多く、歴史的・経済的にロシアとも結びつきが強い地域
ドニエプル川以西
18世紀末から第2次大戦時にかけて、比較的新しい時期にロシア帝国・ソ連に併合された地域
領土形成史
9-13世紀
キエフ・ルーシ国家が基本部分
17世紀半ば~18世紀末
左岸ウクライナ地方(ドニエプル川以東) はロシア帝国に統合
右岸ウクライナ(ドニエプル以西)
14世紀以降リトアニア大公国、ポーランドの支配下、18世紀ポーランド分割の結果ハプルスブルグ帝国領ガリツィア、ブコヴィナ地方の部分を除いて、ロシア帝国に併合。この2地方は第1次大戦後ポーランド・チェコスロヴァキア、ハンガリー、ルーマニアに分割編入された。
第2次大戦時にソ連軍に占領、戦後ソ連のウクライナ共和国に編入
以上
『新訂増補 世界民族問題事典』 平凡社 2002年 収載の 阿部三樹夫の解説の要約。
国民国家の起源を歴史的にどこの時間軸、どこの空間域を対象とするかで、かなり違った、ウクライナという「世界」への視角が生まれていることに留意を払う必要あり。
西欧派か、ロシア派か、反ロシア派かという単純化にも抗する複雑なものを国家の内に抱えていること、西・北国境地帯には、ベラルーシ、ポーランド、スロヴァキア、ハンガリー、ルーマニア、モルドヴァ、ドニエストルなどの国家に接していること。つまり約100の民族を抱える多民族国家であることは間違いない。こうなると、民主化・自由化・西欧自由主義対ロシア権威主義などで簡単に図式化して論ずることはできない。2次大戦中における親ファシズム勢力の浸透も痕跡を残している。
現在のウクライナの現状も、過去の勢力がせめぎあった幾重にも重なった歴史的経験の産物であるわけで、単一民族・単一宗教の国民国家の幻想ではおよそ理解不能な解釈と展望しかできないだろう。
いうなれば、「ウクライナという想像の共同体をこれから創造できるか」 ということになるだろう。
『新訂増補 世界民族問題事典』 平凡社 2002年 は最新の事項を掲載しているわけでないが、こと最近のウクライナ問題を理解する上でもまだまだ、使用に耐えるものであることがわかる。読む事典である。今から10数年前に書店から、18000円するので、数ヶ月の分割払いでようやく手に入れた本だったが、世界の紛争地域の現代史を読むための参照資料事典として貴重。
広辞苑は国民的座右の百科的辞書と言われるが、この事典、『新訂増補 世界民族問題事典』は
「国民とは何か」、「国民というものははどこに起源があるのか」、「国民という概念はどこへいくか」という問いを放って、飽きさせることがない。お薦めの1冊である。