美しい志ある宿に導かれた。
「里山十帖(さとやまじゅうじょう)」
雑誌「自遊人」が、経営、
もともと湯治場だった宿を引き継ぎ、
豪雪地帯の太古の知恵に 現代の心地さを合わせた
すばらしい宿。
何と言っても、この地の自然に敬意をもって
潜在する力を活かそうという清い心が
静かに伝わってくる宿だった。
館内を通る清々しい風
重厚な雪国の梁や柱
どこかから降ってくる美しい音楽
そこはかとなく漂う、芳香
この宿に、導かれたきっかけは、お料理だった。
今年春の開業とともに、
金沢の日本料理屋からここの厨房に移ってきた、
北崎 裕 料理長の料理を求めて来たのだ。
北崎さんの美味しいお出汁、
素材への敬意と工夫に満ちた調理とその美しさ
器、花、音楽 . . .
芸術へのあふれる好奇心 あわせもった料理人。
人気だったご自身のお店を閉めてまで選んだ新天地
突然のお誘いに即決した、というからには
それほどの魅力に満ちたところなのだろう、と。
北崎さんが抱いた好奇心に、私が強い好奇心を持ってしまったのだ。
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そのお料理は、本当に素晴らしくて、
筆舌に尽くしがたいものだった。
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ほんのり甘い、ふきのとうのソルベ
季節は7月。
名残りの山菜からはじまって、
地の夏野菜づくし
なんと大胆な、4種の茄子料理
この地は、たくさんの種類の茄子が採れるのだそうだ。
すべて個性のある味とかたち、
豊かな土地で育つ茄子の滋味を堪能。
サプライズは、この一品。
北崎料理長が大事にしている工藤和彦さんの深鉢で、
自家野菜の炊き寄せ。
シンプルに見えて、実に細やかな心を感じとれるお料理。
そして、素材のレパートリーを増やそうと
無理に遠方のものや旬でないものを使わない姿勢。
身近にあるものの中から、力のあるものを探し出す感性。
時間が空けば、敷地内の畑でみずから野菜作りをしたり、
まわりの野山に入って、素材を探し求めるのだとか。
その努力の結晶ともいえるこのお料理、
越後名産、もち豚の杉の葉スモーク
杉の新芽のピクルス添え
杉の高貴な香り、
ほんのり苦くて甘い、逸品。
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朝にいただいた、具だくさんのお味噌汁。
熟成された濃厚な自家製味噌。
体の細胞に優しく染みこんでいくような
おいしくて繊細なお料理の数々だった。
自力で、安心できる美味しい素材を求める、
という料理人としての究極の道を選ばれたのだなと思った。
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そして特筆すべきは、和洋のハーブとの取り合わせだった。
もう一人、厨房に立つハーブ研究家と、タッグを組んで
新しいお料理の世界を創りだしている。
茄子の煮浸しに、ミントの葉。
忘れられない一皿だった。
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一番の贅沢は、感じること。
それを実感した宿だった。
大自然との間には、言葉はいらない。
感じることがあるのみだから。
自然の力を活かす、ということは
簡単そうでそうたやすいことではない。
現代文明にひたっている者たちに
どう伝えるか、どんな場を、ものを、用意すればよいのか、
工夫に工夫を重ねて、心を尽くして、
この宿が営まれているのだと思う。
ただ、その意図をも気にさせず、
自然の中に気持よく身をゆだねられる場所だった。
先にも書いたが、もと湯治場だっただけに、
泉質が極上であること。
自分の体が、とけてなくなりそうなほど
やわらかな温泉だった。
里山十帖
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