レストラン「四知堂」を営むChenさんの朝は、新しい舞台の始まりのようだ。
昨夜のテーブルで繰り広げられた物語は、
すべて食されて終演。
夜が明けると、新しい素材を探し求めて、
今日の脚本を作らねばならない。
台北市内に、古くから続く市場がいくつかあり、
Chenさんは、市場を渡り歩いて、その日の一番を買い求める。
忙しい朝の仕入れに、私は毎朝 同行させていただいた。
野菜、果物、魚介、肉、乾物、調味料、加工品 . . .
小さな専門店が軒を連ねる市場の風景は、
どこの国を旅しても、その土地の命の輝きだ。
色彩、匂い、交わされる言葉の響き。
エネルギーが満ち溢れている。
台湾は、一年を通して、食材の宝庫。
山も海も 豊穣で、あまたの旬の素材が、
時節に合う滋養を含んで、店頭に並んでいる。
例えば、一年中出まわるタケノコも、
季節ごとに細かく種類が異なるらしい。
上の写真のタケノコは、昨年7月の市場で出会ったもの。
この時期限定の、細くて味の濃いタケノコだった。
とれたての野菜も、種類が豊富。
1月は、ブロッコリーや白菜など、
日本の冬にも欠かせない野菜がたくさん売られているが、
種類もいろいろある上に、
芯の部分だけで売られていたり、
脇芽や、花のつぼみだけを集めて袋売りされていたり、
一つの野菜の成長段階で変化する様々な味を
使い分けている食文化の深さを感じた。
さらに、Chenさんのこだわりは、
ハウス栽培や促成栽培などで作られる野菜には手を出さない、ということ。
つまり、本当の旬のもの、台湾産のものだけ、ということだ。
そして、もちろん無農薬で、化学肥料を使わない野菜であること。
丁寧に、手間ひまかけて、滋味あふれる野菜を育てる農家や
そういう野菜や果物だけを誠実に売る業者には、
決して値切ることなどしない。
高くても正当なお代を払うことで、
生産者がその営みを維持発展できるという信念があるから。
それは、私も花の仕入れで心得る事なので、
深く共感できる。
そして海に囲まれた国、魚の新鮮なこと。
市場でまだ踊っているような艶。
Chenさんのお店で、日替わりで出される魚介料理、
素材の新鮮さを生かして、蒸したり焼いたり、
良い塩で、あっさりと、魚の滋味を味わえるのが幸せ。
また、お肉料理も素晴らしい。
お店の人と、納得いくまで話し、
吟味して買い付ける。
そういうのが、市場の小さな専門店で買う、大きな利点。
そして、台湾伝統の調味料も、厳選される。
日本の味噌や醤油のように、大豆などから作る発酵調味料もあるし、
小さな果実を塩漬けにして発酵させたもの、
その他干し野菜などを使ったものなど、料理によって使い分けられるようだ。
このおじいさんは、自家製の調味料を自ら販売。
作る日と、売る日を分けて、週の半分だけ市場に立つ。
化学調味料や、保存料を一切使っていない、
本物の、伝統の調味料である。
これはどんな料理に合う、とか、
想像ふくらむ会話がまた楽しい。
Chenさんの、仕入れは、街の中心部にある市場にとどまらない。
ある日の午後は、もっと魚を求めて、車で1時間ほど郊外の漁港へ。
さらに、内陸の山の幸を探求する日に、しつこく同行させていただく。
台北から車で1時間半ほど、
「客家(はっか)」と呼ばれる血筋の人々が住む街へ。
Chenさんもその血を受け継ぐ一人である。
客家のルーツは、漢民族で、中国大陸から長年に渡って移住してきた人々。
歴史を辿ると、古代王家の末裔である、とも言われているそうだ。
その人たちが伝えてきた食文化が、息づいている。
お母様の故郷の、古い市場へ。
次は、ご親戚の、小さな工場めぐり。
周囲で採れる、10種類以上のハーブを煮出し、
ゼリー状に固める。
薬効成分があり、また味は爽やかでほんのり甘く、美味しい。
夏、疲れた体に良いそうだ。
台北の市場でも売られていたし、
Chenさんのお店では、食前の飲み物として、出して下さった。
小さな山間の工場で、脈々と受け継がれてきた。
そして、地酒の工場へも。
お米から作られるお酒だが、日本酒とは違う製法だった。
試飲はしていないので、味は不明。
チェンさんは、料理に使うそうだ。
そして、山の野外市場。
(すべて7月に撮影したもの)
味の濃い、台湾産のピーナッツ。
様々な瓜系の野菜。
豊富な野菜やフルーツ類。
ショッキングピンクに熟した、ドラゴンフルーツと
まだ青い、未成熟のもの。
次の写真は、近辺で採れるオレンジをペースト状にしたもの。
そのままでも美味しいけれど、
料理のソースとして使うそうだ。
また台湾では、干し野菜がよく作られ、使用される。
キャベツやゴーヤ、大根などいろいろ。
自家製の干し野菜を売るお店。
Chenさんは、干し大根の5年もの、10年もの、さらにはなんと30年ものの
膨大なストックをしているそうだ。
年月が経つほど、味が深くなり、色も濃くなる。
30年ものの干し大根は、黒っぽい茶色で、
アサリと合わせてスープを作っていただいたが、
出汁をとらなくでも、素材から出る旨味が強く、
それはそれは深い味わいの、美味しいスープだった。
たくさんの食材の中から、
今日のベストを、妥協せず選び出し、
今日できうる最高の料理を作る。
レストランの開店時間ギリギリまで
Chenさんの探求はつづき、
同時に、頭の中は、創造が始まっている。
これとこれを組み合わせて、
こんな順番で、
あの器に盛り付けて、
どんな人たちに
どんなよろこびの舞台を作ろうか。
ただ、お腹を満たすだけではない。
そこに物語があり、心が豊かなもので満たされる料理。
その舞台裏の、五感と体力を駆使した、エネルギッシュな過程を
垣間見させていただけた幸せ。
※ 掲載した写真は、2016年7月のものと、
2017年1月に撮影したものが混在しています。
さらに、Chenさんが撮影した写真も時折含まれていると思われますが、
特定しづらいので、記載しませんでした。