薔薇は、私をこの仕事に導く道しるべとなった花である。
私が、花の仕事を初めて意識したのは、
高校2年生の夏だった。
夏休み、私は アメリカ カルフォルニア州の南、
小さな山あいの町で、ホームステイをさせてもらえることになった。
私がお世話になった家は、
おいしいワインを作る、ワイナリーの家だった。
家族は元ヒッピーのお父さんお母さん、
小中学生の子供が三人、とても楽しい家だった。
二番目だけが女の子、当時4年生くらいだったニコールと私は
毎晩ひとつのベッドをシェアして、ふざけ合いながら眠った。
そのひと月の間に、ニコールの誕生日がめぐってきた。
ある日、お母さんがそっと私を呼んで、買い物に出ようという。
今年は大事な贈り物をしたいから、立ち会ってほしいと。
向かった先は、ガーデニング ショップだった。
たくさんの薔薇の苗木が並んでいた。
あらゆる色の薔薇の中から、お母さんは、吟味を重ね、
まだひょろひょろの苗木を一本選び出した。
そして、こう言った。
「この薔薇の色が、ニコールの肌の色に合うはず」
一輪だけ咲いていたその花の色は、
うすいクリーム色に、ほんのりサーモンピンクがかかったような
淡い優しい色だった。
お母さんは、続けて言った。
「この薔薇で、いつかニコールのウェディングブーケを作ろうと思うの」
そのエレガントな薔薇は、
ニコールの部屋からすぐ眺められる場所に植えられた。
一本の薔薇の木から、ひとつの夢が生まれた瞬間だった。
私は、その時初めて、花嫁の持つブーケというものを意識した。
なにか特別な思いをこめる花束なのだろうと思った。
自分も誰かのために、こんなことをしてみたい。
と、そのとき確かに思ったのだが、
まさかそれを仕事にすることになろうとは。
ニコールの結婚式の招待状が届いたのは、
それから15年後、私が花屋になって2年目の夏だった。
つづく。
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