ニコールの結婚式の招待状を送ってくれたのは、
なぜか彼女の叔母にあたる、ヴィクトリアだった。
「式の前の一週間はいろいろ楽しいから、早めにいらっしゃい。」
という、楽しそうな お誘いの言葉が添えられていた。
すべて友人たちによる手作りのウェディングだから、
私も手伝いに加わるつもりで、8日前から
ヴィクトリア叔母さんの家にお世話になることになった。
私の心は、あの薔薇、
ニコールのために植えられた薔薇の色でいっぱいだった。
でもヴィクトリアから聞かされた現実に呆然とする。
数年前、ニコールの両親は離婚し、
家族は全員、ばらばらに暮らしているという。
そして、あの薔薇の木ごと、家は売ってしまった、と。
「だからこそ、ニコールの結婚式は、
幸せあふれる、楽しいものにしましょう!」
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一人一枚、ハートのアップリケを作って、
各々メッセージをしたためた。
それをヴィクトリアがつなぎ合わせて、
一枚の大きなキルトに仕上げた。
当日のパーティを飾る小物を作ったり、
食材や花などを買い出しにいったり。
4日前からは、その準備に加えて、別の仕事も山のように。
女性だけのパーティとか、
親族だけの会食会とか、
連日、さまざまなイベントをこなしてった。
2日前、ウェディングケーキの仕込みが始まった。
ニコールの母方の先祖がノルウェー人なので、
ノルウェー式のケーキ。
微妙にサイズが異なるドーナツ状の型で
クッキーのようなものをたくさん焼く。
それを積み重ねて、タワーのようなケーキを作った。
こうして、ヴィクトリアの家にみんなが集い、
大騒ぎをしながら準備をすすめていった。
ニコールのお母さんも、2,3日前から、合流していた。
お母さんは、私に言った。
「会場の花は、あなたが指揮してちょうだいね。
ブーケは、当日、私が作ります。
今のニコールに合う花を集めて、束ねたいと思ってる。」
きらめく光の朝、
ニコールのお母さんは、庭に咲く薔薇や
野に咲く可憐な花を、大事そうに摘んで帰ってきた。
そして、おだやかに微笑みながら
その花たちを束ねる彼女の横顔が、あまりにも神々しくて、
私は、写真を撮ることもできなかったが、
その、美しい絵画のように静かな場面は
心に焼き付いて、生涯 残っていくだろう。
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やがてドレスに身を包んだニコールが、入ってきた。
お母さんは、まぶしそうに微笑みながら、
束ねたブーケを手渡した。
お転婆娘のニコールが、泣きそうな顔をこらえながら
満面の笑顔をかえした。
離別した両親が、ニコールをエスコートして、
みんなの前に現れた。
カルフォルニアの、底抜けに明るい光があふれている。
カラッと爽やかな風が、みんなの頬をなでていく。
サンフランシスコの近く、バークレーにある公園、
といっても、ただ、大きな木々とデコボコの地面の広い場所、
ここで、野外結婚式とパーティを行う。
さすが、ヒッピーの血筋、野性味あふれるパーティだった。
みんな思い思いの場所に、パイプ椅子を置いて、
食べたり飲んだりおしゃべりしたり、
突然、誰かがお祝いのスピーチを始めたり、
生演奏で、踊り出したり、
みんなで作ったハートのキルトは、
二人の席に飾られた。
みんなの笑い声が、森の中にこだまする。
朝から、陽が傾くころまで、
幸せのピクニックパーティは続いた。
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悲しい出来事も、かなえられなかった夢も、
心の中の畑では、いつしか大地の下へ潜っていく。
やがて新しい種がまかれ、
新しい芽が出てくる。
いろんなものを乗り越えて、その朝 ひらいた美しい花は、
いつまでもみんなの心に咲き続けるのだ。
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お母さんがニコールに渡したブーケは、
心の花を束ねたものだった。
二人の間で交感された、他の誰にもわからない思いが、
その小さな花束に、こめられていたのだと思う。
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