能登からの帰り道、
突然、目の端に、優しい紫色の花が。
小さな家の前の、丁寧に管理されたお庭で、
他の小さな草花たちを見下ろしながら
その花はゆったり枝をのばしていた。
淡い紫の花に合わせて、
シルバーかかった穏やかな色の葉。
花と葉の色の調和がまた、目を惹き付ける。
この時は、名前がわからなかったが、
帰ってから調べてみると、
「房藤(ふさふじ)ウツギ」。
帰化植物らしく、植えれば旺盛に育ちそうだ。
真っ白な家のお庭にあったらさぞかし美しいだろうなぁ . .
と想像しつつも、この家の人のセンスにも惹かれる。
この花木の下は、
可愛い黄色の花が敷き詰められていて。
紫と黄色のコントラストが
それぞれの花をより美しく魅せている。
能登の田舎道の、心に残る一コマ。
緑の雲海の彼方、東福寺。
秋になるとこれが真っ赤に紅葉するのもすばらしいが、
圧倒的な夏の緑にも息をのんだ。
緑の向こうの回廊から、今度は雲海を見下ろす。
すでに俗世を離れてしまった感覚。
その回廊を抜けた先に、
お目当ての重森美玲の庭がある。
四角と丸で構成された不思議な庭。
野山を模したように自然な庭も好きだけど、
美玲の幾何学的、人工的な庭は
美しいバランス、普遍の美が潜んでいるようで、
心に深く響き、余韻を残す。
.
私たちは、自然界で生かされているから、
自然の美が美しいと思うのは納得できる。
でも人間が創り出し、
一見、自然にはありえないような編集をしているのに
心地よいと感じるというのはすごいことだと思う。
私は花を生けるときにも、
それが永遠の課題であるから
簡単なことではないのがわかる。
違う文化で育った人が見ても、
時代が変わっても、
美しいと讃えられるもの。
そんな、普遍の美とは?
探求の旅は永遠に続く。