![Img_9832 Img_9832](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/a6/81bf86401b302afac764ad273ff15e8e.jpg)
遠い記憶の中に
今も鮮明な色を残したまま
時々現れてくる風景、
そんな風景を誰もが持っていると思う。
子供の頃、家の庭と菜園のつづきに
なだらかな丘があった。
砂地の丘なので、肥えた土壌ではないけれど、
そんな条件でも生きていける植物で満たされていた。
初夏の風が吹くころ、
その丘は、濃いピンク色に塗り替えられた。
小さな花が集まって咲く、なでしこの花。
可憐な見た目とはうらはらに、
細い茎には ところどころ
粘着テープが取り付けられたようになっていて、
そこに時々、小さな虫がひっかかっていた。
![Img_9839_2 Img_9839_2](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/ea/cb93668d1abaf8f94cd29e88d007813d.jpg)
この花の正式名は「ムシトリナデシコ」
でもこの現実的な名前がいやで、
母と私は、勝手に「夢の花」と呼んでいた。
そう、この一面に咲くピンクの花の中にたたずんでいると、
夢の中かおとぎ話の世界に入ってしまうのだから。
野性的な、ほんのり甘い香り、
今でもこの香りをかぐと、
あの頃の妄想の世界にトリップできる。
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中学生くらいになった時だったか、
あの丘に大型重機が入ってきて、
数日のうちに、平らな土地になってしまった。
跡地には、瞬く間に 別の植物が生え始めた。
丘を作っていた砂は、
どこかでコンクリートの材料にされていることだろう。
幻のように消えた、ピンクの丘。
今でも別の場所で生きのびるこの花に出会うと、
私の心の中に、ひとときだけ現れる。
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![Img_4030 Img_4030](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/23/ab4c2d323df76b2c832ee2f95d78dde1.jpg)
ニコールの結婚式の招待状を送ってくれたのは、
なぜか彼女の叔母にあたる、ヴィクトリアだった。
「式の前の一週間はいろいろ楽しいから、早めにいらっしゃい。」
という、楽しそうな お誘いの言葉が添えられていた。
すべて友人たちによる手作りのウェディングだから、
私も手伝いに加わるつもりで、8日前から
ヴィクトリア叔母さんの家にお世話になることになった。
![Photo_2 Photo_2](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5a/f4/69df819b514f8827f45a38c57597e1bc.jpg)
私の心は、あの薔薇、
ニコールのために植えられた薔薇の色でいっぱいだった。
でもヴィクトリアから聞かされた現実に呆然とする。
数年前、ニコールの両親は離婚し、
家族は全員、ばらばらに暮らしているという。
そして、あの薔薇の木ごと、家は売ってしまった、と。
「だからこそ、ニコールの結婚式は、
幸せあふれる、楽しいものにしましょう!」
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一人一枚、ハートのアップリケを作って、
各々メッセージをしたためた。
それをヴィクトリアがつなぎ合わせて、
一枚の大きなキルトに仕上げた。
![Photo Photo](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/09/c757652687037145a0dff0acc986b9b8.jpg)
当日のパーティを飾る小物を作ったり、
食材や花などを買い出しにいったり。
4日前からは、その準備に加えて、別の仕事も山のように。
女性だけのパーティとか、
親族だけの会食会とか、
連日、さまざまなイベントをこなしてった。
![Photo_3 Photo_3](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/8b/e7660edbaf8a9c42e92eedb0e5bf9663.jpg)
2日前、ウェディングケーキの仕込みが始まった。
ニコールの母方の先祖がノルウェー人なので、
ノルウェー式のケーキ。
![Photo_4 Photo_4](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/0a/f9f18a98a635535fc22ceac3df9dc3cd.jpg)
微妙にサイズが異なるドーナツ状の型で
クッキーのようなものをたくさん焼く。
それを積み重ねて、タワーのようなケーキを作った。
![Photo_5 Photo_5](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/58/ea/d0531f01f26abaa598ed51b95835abfc.jpg)
こうして、ヴィクトリアの家にみんなが集い、
大騒ぎをしながら準備をすすめていった。
ニコールのお母さんも、2,3日前から、合流していた。
お母さんは、私に言った。
「会場の花は、あなたが指揮してちょうだいね。
ブーケは、当日、私が作ります。
今のニコールに合う花を集めて、束ねたいと思ってる。」
![Photo_6 Photo_6](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/e0/27554b32c61e1b55a365b9a74b1420f8.jpg)
きらめく光の朝、
ニコールのお母さんは、庭に咲く薔薇や
野に咲く可憐な花を、大事そうに摘んで帰ってきた。
そして、おだやかに微笑みながら
その花たちを束ねる彼女の横顔が、あまりにも神々しくて、
私は、写真を撮ることもできなかったが、
その、美しい絵画のように静かな場面は
心に焼き付いて、生涯 残っていくだろう。
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やがてドレスに身を包んだニコールが、入ってきた。
お母さんは、まぶしそうに微笑みながら、
束ねたブーケを手渡した。
お転婆娘のニコールが、泣きそうな顔をこらえながら
満面の笑顔をかえした。
![Nicole Nicole](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/85/344c3d2220b9b4802d03b476f7647f9c.jpg)
離別した両親が、ニコールをエスコートして、
みんなの前に現れた。
カルフォルニアの、底抜けに明るい光があふれている。
カラッと爽やかな風が、みんなの頬をなでていく。
![Photo_7 Photo_7](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/67/cb477d6bb0aeaf0ffefa6ae6de054524.jpg)
サンフランシスコの近く、バークレーにある公園、
といっても、ただ、大きな木々とデコボコの地面の広い場所、
ここで、野外結婚式とパーティを行う。
さすが、ヒッピーの血筋、野性味あふれるパーティだった。
![Fh020024 Fh020024](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/08/74/c293d2bdbd32081b04aa63da93aaa1be.jpg)
みんな思い思いの場所に、パイプ椅子を置いて、
食べたり飲んだりおしゃべりしたり、
![Photo_8 Photo_8](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/97/001d139194bb563936df72077d0af21d.jpg)
突然、誰かがお祝いのスピーチを始めたり、
生演奏で、踊り出したり、
みんなで作ったハートのキルトは、
二人の席に飾られた。
![Photo_9 Photo_9](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/b5/ee934facef27daa8f9441bd081613915.jpg)
みんなの笑い声が、森の中にこだまする。
朝から、陽が傾くころまで、
幸せのピクニックパーティは続いた。
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悲しい出来事も、かなえられなかった夢も、
心の中の畑では、いつしか大地の下へ潜っていく。
やがて新しい種がまかれ、
新しい芽が出てくる。
いろんなものを乗り越えて、その朝 ひらいた美しい花は、
いつまでもみんなの心に咲き続けるのだ。
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お母さんがニコールに渡したブーケは、
心の花を束ねたものだった。
二人の間で交感された、他の誰にもわからない思いが、
その小さな花束に、こめられていたのだと思う。
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![Photo_10 Photo_10](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/23/344da9c84d9f785774bf69602474bcad.jpg)
![Photo Photo](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/49/b2/1632c2eaa85a4fca1501d2fb52af3718.jpg)
薔薇は、私をこの仕事に導く道しるべとなった花である。
私が、花の仕事を初めて意識したのは、
高校2年生の夏だった。
夏休み、私は アメリカ カルフォルニア州の南、
小さな山あいの町で、ホームステイをさせてもらえることになった。
私がお世話になった家は、
おいしいワインを作る、ワイナリーの家だった。
![Img_3004 Img_3004](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/4b/06dca0d55719e91bb5afb7fff7b6a154.jpg)
家族は元ヒッピーのお父さんお母さん、
小中学生の子供が三人、とても楽しい家だった。
二番目だけが女の子、当時4年生くらいだったニコールと私は
毎晩ひとつのベッドをシェアして、ふざけ合いながら眠った。
そのひと月の間に、ニコールの誕生日がめぐってきた。
ある日、お母さんがそっと私を呼んで、買い物に出ようという。
今年は大事な贈り物をしたいから、立ち会ってほしいと。
![Img_3008_2 Img_3008_2](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/6d/435ba0ea7f5cac20564da03633f573fa.jpg)
向かった先は、ガーデニング ショップだった。
たくさんの薔薇の苗木が並んでいた。
あらゆる色の薔薇の中から、お母さんは、吟味を重ね、
まだひょろひょろの苗木を一本選び出した。
そして、こう言った。
「この薔薇の色が、ニコールの肌の色に合うはず」
![Photo_2 Photo_2](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/40/485ba3085ca723169100935249b089ae.jpg)
一輪だけ咲いていたその花の色は、
うすいクリーム色に、ほんのりサーモンピンクがかかったような
淡い優しい色だった。
お母さんは、続けて言った。
「この薔薇で、いつかニコールのウェディングブーケを作ろうと思うの」
![Photo_3 Photo_3](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/68/74/254805fd7653103958a7d6cccac727e0.jpg)
そのエレガントな薔薇は、
ニコールの部屋からすぐ眺められる場所に植えられた。
一本の薔薇の木から、ひとつの夢が生まれた瞬間だった。
私は、その時初めて、花嫁の持つブーケというものを意識した。
なにか特別な思いをこめる花束なのだろうと思った。
自分も誰かのために、こんなことをしてみたい。
と、そのとき確かに思ったのだが、
まさかそれを仕事にすることになろうとは。
![Photo_5 Photo_5](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/50/48edb45d9aa04c989059c3114eb31e22.jpg)
ニコールの結婚式の招待状が届いたのは、
それから15年後、私が花屋になって2年目の夏だった。
つづく。
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