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ファーストレディ 鳩山夫人のファッションとコシノヒロコ先生 Ⅱ

2009年09月25日 | アパレル放談
昨日のBlogで日本のファーストレディの鳩山幸夫人のお洋服がヒロココシノ先生のプレタポルテで上手に着こなしておられたという感想を投稿しました。(やはりプレタポルテでした。ドン小西氏はオーダーとテレビ番組で言っていましたがいくら鳩山家が資産家といってもオーダーで全てオーダーとなると顰蹙を買うのでは・・。)

ヒロココシノ先生は何時も「渾身の服造り」で、「着こなすより着こなされてしまう危険性」があると前に感じたことがありました。
先生の服を着る側がある意味「気合を込めて着こなすことが要求される」と前自分勝手に思い込んでいました。
特に私が担当していた初期の頃は、このような環境だったのかもしれません。
その環境の中で、「お客様にはコシノヒロコの服を着こなす気合、気概」を求めていました。
私が“鳩山幸婦人”が上手に着こなしていると感じたのは、“鳩山幸婦人”の「背筋を上手に張った姿勢や歩き方、表情、しぐさ等の外見的なスタイル」と鳩山幸夫人の「内面的資質、姿勢」によるものだと気がつきました。
鳩山夫人を“婦人”という字を敢えて使いました。
辞書では「夫人とは他人の妻・婦人とは成人の女性」と解説しています。
その意味で今までの日本のミセスの服は「婦人服でなく、夫人服」だったのではないでしょうか?
大きく時代が変わった今、ミセス服の低迷の原因は、こんなところにもあるのではないでしょうか?

今日の朝日新聞の朝刊の国際面にミシェル夫人のニューヨーク入りの空港での写真と記事が出ていました。
「ミシェル夫人、装い奔放」 「Tシャツ10$・カーディガン25ドル」 「カメラの前で短パン・晩餐会にノースリーブ」「カジュアルすぎる?」という見出しが踊っていました。
否定と肯定の反応が書かれていました。「着こなしのお手本に」というコメントもありました。
興味深い記事でした。
アメリカのカジュアルフライデーのことやIT企業のカジュアルを通り越したラフスタイルのことやバブル崩壊後の揺り戻しの保守的な服装への回帰のことなどが書かれています。
最後に、昨年来の不況で多くの女性が被服費を減らした「ミシェル夫人は安くててカジュアルな服装でも、着こなし方ひとつで充分手堅く見せられるというお手本を示した “大統領夫人ともあろうものが”という批判もあるが、多くの女性は今後も、ミシェル夫人の装いにすごく影響されていくと思う」というFIT のコレットウォン教授のコメントで締め括られていました。
ファストファッションについて業界で色々論じられていますが、このような違った観点からの考察も面白いと感じました。
ますます、幅の広い情報が必要と痛感しました。


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