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イザ出でよ!専門店アパレル

2008年08月21日 | アパレル放談
卸系のミセス専門店アパレルが直営化で生き残りを目指すなかで、大阪のミセスアパレルの事業閉鎖(縮小)の話が顕在化した。
その詳細については、ここでは触れないが、私の現役時代から良く知っている企業なので、一抹の寂しさを覚える。
この事業閉鎖(縮小)に関して、専門店のオーナーから問い合わせが多くある。
内容はその会社のメインブランドの今後についてである。
専門店オーナー曰く、「特徴のある商品でこのまま消滅するのは惜しい、形を変えてでも存続することは出来ないのか?存続してほしい!」
私からすれば、「それであれば、もっと真剣に、熱意を込めて売ってくれれば、こんなことにならなかったのに!」と言いたいところだ。
そのブランドは、当初は、デザイナーの思いを大切に、「愚直・入魂の商品造り」で、特徴のある商品を作っていた。品揃え型の専門店に、その希少性と特異性で、専門店の一部で根強いファンがあった。
当然直営化で規模を拡大する内容の商品ではなく、そのブランドの真髄を理解し、愛してくれる専門店に限定した販売が適していたのではないかと考える。
10億円ぐらいを最終到達点として、品揃え型の専門店に着実に、じっくり、気持ちを込めて販売してもらう姿勢を貫くべきであったのではないかと考える。
経営として、規模の拡大は避けて通れず、直営化(SPA化?)で規模の拡大を目指さざるを得なくなり、今日に至ったのは悔やまれる。

品揃え専門店(最近ではセレクトショップと呼ぶようだ)は、「希少性があり、感度、質感が良く、丁寧なもの造りで、ある程度の価格の商品」を求めている。
アウトソーシングに頼り、同質の商品を、原価を抑え、曖昧な取引条件で専門店に卸すアパレルが多い中で、全部とは言わないまでも、品揃え型の専門店では、「愚直・入魂の商品造り」のアパレル(メーカー)が求められている。
その意味で今回の事業閉鎖(縮小)で、専門店が惜しむブランドが消えるのは寂しい限りだ。


専門店アパレルの矛盾Ⅱ

2008年08月20日 | アパレル放談
8月15日の繊研新聞の記事のように、厳しい専門店取引の状況からすれば、直営化の比重を高める経営も否定するものではないが、一時的、緊急避難的に直営化の比率を高めることには疑問を感じる。
生産者の利潤と販売者としての利潤を一気に享受できることは否定しない。
しかしながら、専門店アパレルの直営化によって、失うものが大きいのではないかと危惧する。
私は、前々から「卸売りアパレルは、狩猟民族(狩人)」に似ているのではないかと思っている。
狩人は、獲物を獲り尽くせば、次の猟場に移動すれば良く、今日の収獲が悪くても、翌日に大量の獲物に遭遇することも出来る。
それには巧みな技が必要だが多少の危険を冒して、素早く、強引に、貪欲に動けば、獲物は獲得出来る。
少し強引な例えかもしれないが、アパレルと共通すると思っている。
反対に「小売は農耕民族(百姓)」と共通するものがある。
決められた土地を耕し、種をまき、毎日せっせと草取りや水撒きや肥料を与えて、時間をかけて収獲をする。
折角育てたにも拘らず、ちょっとの隙に害虫や鳥で台無しになってしまう。
それだけに、精魂込めて地道に育てた収穫の喜びは大きいものだ。
小売とお百姓と共通するものを感じる。

この例えからすれば、卸系のアパレルが直営店を持つことは、「半漁(猟)・半農」と言うことになろう。
狩人と百姓を同時にこなすことが求められる。
小売出身のSPAのトップとアパレル出身のSPAのトップを比べてみると、この違いがはっきりと解る。
又、成功しているSPAは殆どが小売系のSPAであることも興味深い。
(大手百貨店アパレルのSPAを成功とみるか否かは、別の機会に論じたい)

卸系のアパレルの直営化を強化するのであれば、社内に農耕民族的(百姓)な風土(社風)をどの様に育むかが重要では無いか。
但し、アパレルとしての狩猟民族(狩人)の特性を失わ無いことが大前提である。

卸系の専門店アパレルの物造りがアウトソーシング化の傾向が強くなっている。
展示会を拝見すると、現場から遠ざかっている私の目でも「○○テキスタイル問屋の製品だな?」「○○専門商社の製品だな?」「○○OEMメーカーの製品だな?」と解ってしまうものが展示されている。
困ったことに、そのことが仕入れする専門店のバイヤーも解ってしまっていることだ。




繊研新聞15日の記事から(専門店アパレルの矛盾)

2008年08月17日 | アパレル放談
お盆の15日の繊研新聞に興味ある記事が載っていた。
盆休暇でお読みになっていない方が多いのではないかと思うので、その記事の概略を紹介する。
記事の概略は、「関西の卸型中小ミセスメーカーが専門店卸不振で小売事業を拡大している。不振の専門店の譲り受けやFC化で直営化を強化している。卸売り業態と小売業態とをバランスを取った経営をしていく」と言った内容だった。
「各社は、人材、優秀な販売員の確保、育成に苦戦している」とのコメントも記されていた。

翌日16日の同紙には、KANFA(関西ファッション連合)のアパレル活性化プロジェクトの事業のセミナー開催の記事が掲載されていた。
セミナーの内容は「アパレルからSPAに切り替え成功したエコーインターの半田正社長の体験談を在阪のアパレルに紹介」のようであった。
専門店アパレルの現状は、専門店の低迷による、取引環境の悪化で厳しい状況であり、その打開策の一つとしての直営化は理解できる。
一方で、この二つの記事に、私はある種の「矛盾を感じざるを得ない。

そもそも卸型アパレルは、その商品力が専門店に支持されて、販売されて成り立って来た。
旧来は、各々のアパレルが、最も得意とする商品(アイテム)で専門店と相対してきた。
専門店もまた、そのアイテムを各々の専門店が気持ちを込めて、自らのコーディネートで販売して来た。
アパレルと専門店との「双方の熱意と真剣(真摯)な取引関係」で成り立って来た。
アパレルの「愚直なもの造りと専門店の入魂の販売」で成り立ってきたとも言える。
それが崩れだしてきたのは、昭和50年代頃だと考えられる。
DCブランドや大手アパレルのブランド化政策で、トータルブランド化が主流となり、その結果、商品造りへのこだわりが無くなり、「愚直なもの造りから、販売拠点の確保のためにのセールスプロモーションや販売支援」などにアパレル主眼がおかれた。
専門店も、「ディーラーヘルプ(取引条件)の良し悪しがアパレル(ブランド)の評価の基準」となった。
この事は、専門店の弱体化につながり今日に至ったとも言える。

ミセス系卸アパレルが、営業方針を小売事業の拡大を目指す事には、「事業の維持存続の為の手段」としては非難をするつもりは無いが、アパレルが卸事業も維持するのであれば、今一度、入魂・愚直な商品造りを目指すべきではないかと考える。

専門店のなかには、「入魂・愚直」なもの造りをしているメーカーを捜し求めており、私にもその問い合わが多くある。

セレクト系の専門店の中には一時期に海外商品(海外ブランドではなく)にそれを求めたが、個展の専門店では限界もあり、国内メーカー(ブランドではなく)を求めている事例が多い。

アパレルの生き残りのための小売事業強化だけでなく、専門店への「愚直・入魂」の商品開発(ブランド開発ではなく)も重要であろう。

SPAの矛盾Ⅳ

2008年08月08日 | アパレル放談
大手百貨店アパレル系のSPAは、百貨店の委託取引から派生したものである言えよう。
同様に専門店アパレルも、専門店との取引慣行が、委託的、述勘的な取引が通常化し、その悪慣行からの脱却のために、専門店をフランチャイジーとしたFC展開が1980年代頃から行なわれだした。
DCブランドが百貨店インショップを強化するとともに、専門店でもFC展開で全国的に拡大した。
ワールドはじめイトキン、キイング等の当時のミセス系アパレルが、社の強力な営業力を生かし、FC展開を行なった。
FCとは名ばかりで、実態は専門店丸抱えによる売場の拡大あった。
その顛末は、当然フランチャイザー、フランチャイジーの双方が負うものとなった。
その結果、ワールド、イトキンの「専門店取引の撤退→ヤング、キャリアのSPAへのシフトチェンジ」につながった。
その後、中堅の専門店アパレルは、展示会受注卸の「矛盾」からの脱却を目指し、従来のアパレルと平行して、直営、百貨店インショップ、専門店との販売代行、FC等の直販部門を強化し、売上減少の歯止め策とした。
大手アパレルが撤収した売場(商圏)で、シェアーの拡大を行なった。

ここで、私の大胆な仮説(自説)を披露したい。
私は前々から委託商法的なSPA(アパレル系SPA)が成り立つのは、下記の5つの基準(矛盾)によるものではないかと考える。その基準(矛盾)とは
①商品回転が年6回以上
②回収が年5回以上
③支払勘定が年2.5回(120日から150日サイトの手形取引)
④売上利益率45%以上(原価率25%)
⑤販管費45%以内
の5つの基準をクリアーすれば、ある一定の期間は経営として成りたっているのではないかと言う矛盾を感じていました。
5つの基準は、何れも比較的ハードルの低い基準でるように感じられる。
何故ならば、①を除いては、作り手と売り手の論理で考えられた基準であり、顧客不在の基準と言える。
時々、ブレイクしたブランドが出店を加速してある規模になると、その後スクラップアンドビルドが始まり、衰退していく事例を見かけることが多い。

百貨店や専門店アパレルのSPAの中にはこの内容のものが多いと考えられる。
いわゆる、五つの矛盾でなり立っているように思えてならない。
その「矛盾」は、顧客無視の作り手と売り手の都合で成り立っている。





SPAの矛盾Ⅲ

2008年08月01日 | アパレル放談
大手のアパレルが百貨店の委託取引からSPA?化によるインショップ(総委託)取引が可能になったのは、アパレル側も百貨店側もある面においては好都合であっ
たと言える。
アパレル側にとっては、委託取引の煩わしい商売から開放され、旧来よりも多少掛け率がアップした。
百貨店店側も店のMDをブランドミックスだけのデベロッパー的な機能を果たせればよく、売場の改変が容易になった。
集客においても、旬なブランドを導入するだけで良く、顧客サービスもSPA(アパレル)任せでこと足りた。
大手の百貨店アパレルは、次々にブランドを開発しSPA的な手法で百貨店売場を占拠し、百貨店の同質化の始まりとなった。
あっという間に百貨店の売場を折檻した百貨店大手アパレルは、その頃急激に開発されたメガSC(郊外、市外を問わず)やファッションビルへと、規模の拡大を求めて出店を行なった。
形態もFCや販売代行などをも取り入れて拡大した。
その無秩序なマーケティングは後にMD精度の狂いを生むことになった。
百貨店を基盤としたブランディングのままで、SCやFBへの展開はMDやVMD、販売等に整合性が欠けるものが多い。
また、百貨店インショップの条件を基とした原価率(利益率)は中国生産でのコストダウンだけでは吸収できずに上代への転嫁、仕入先転嫁やアウトソーシング化などが多く見かけられた。
本来SPAはブランドの効果的な浸透の手段では有るが、SPAが目的化してしまったことに大きな問題が有ったと言わざるを得ない。
そのブランドとは「お客様に提供できる満足やサービスを明記するもの」であり、SPAはその手段であることを再認識し、ブランドの確立と言う本来の目的に立ち返るべきと考える。