★トランプのエルサレム首都宣言の意図
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米国のトランプ大統領が、米歴代政権で初めて、イスラエルの首都はエルサレムだと宣言した。
あわせて、今はテルアビブにある米国の駐イスラエル大使館をエルサレムに移すと発表した。
エルサレムには、イスラム教とユダヤ教の共通の聖地である「神殿の丘」があり、
イスラエルとパレスチナの両方がエルサレムを首都にしたいと考えている。
イスラエル建国直後の1947年、国連が、エルサレムを二分割し、西側をイスラエル、東側をパレスチナの首都とすることを決議したが、
イスラエルは67年の中東戦争以来、
東エルサレムを占領したままだ。
イスラエルは93年のオスロ合意で、いったんパレスチナ国家の創設を了承したが、その後事実上拒否している。
パレスチナ国家創設の国連決議が履行されていないため、これまでイスラエル自身以外の世界のすべての国が、エルサレムをイスラエルの首都と認めず、大使館をエルサレムの隣の大都市であるテルアビブに置いてきた。
トランプの米国は、世界の諸国の中で初めて、国連決議の履行と関係なく、エルサレムをイスラエルの首都と認めた。
米議会は95年に、エルサレムに大使館を移す法律を可決している。
だがこの法律は、米大統領に、この法律を履行を延期する権限を与えており、その後の歴代大統領が、ずっとこの法律の履行を延期してきた(1回の大統領令で半年の延期)。
トランプは今回、この延期をやめることで、95年の移転法を発効させた。
95年当時、イスラエルは93年のオスロ合意でパレスチナ国家の創設を認めていた時期で、その見返りに米議会が大使館移転法を可決した。
だがその後、イスラエルで右派のリクード政権ができ、パレスチナ国家に難癖をつけて認めない方向に転じたため、移転法は棚上げされてきた。
トランプの今回の大使館移転につながる動きは、さる10月、トランプが、イランの核開発を制限する「イラン核協定」に対して不承認を発表し、イラン敵視を強めたところから始まる。
トランプは、
イランへの敵対強化のため、同じくイランを敵視するサウジアラビアとイスラエルを結託させる戦略をとり、
サウジとイスラエルの結託に必要不可欠な中東和平の推進(パレスチナ国家の創設をイスラエルが認めること)をやろうとした。
シリア内戦がアサドの勝利で終わり、アサドを支援してきたイランが、レバノンからペルシャ湾岸までの広範囲で影響力を拡大し、サウジとイスラエルは脅威に感じていた。
トランプの娘婿のクシュナーが特使となり、イスラエルが了承できる新たな中東和平案をまとめた。
中東和平(パレスチナ国家の再建)がまとまらない問題点として、
(1)ヨルダン川西岸地区に網の目のようにユダヤ人入植地が作られ、パレスチナ人の実効支配地がずたずたにされ、入植地をかなり撤去しないとパレスチナが国家の体をなさないこと、
(2)イスラエルが東エルサレム占領をやめて撤収しないとパレスチナの首都にできないこと、
(3)アラブ各国にいるパレスチナ難民の帰還権をどうするか・・・といった問題がある。
クシュナー案は、これらのすべてについて、パレスチナ人の要求を拒否していた。
(1)ずたずたの領土で国家を作れ。
国家として機能しないが「精神のみの国家主権(moral sovereignty)」に甘んじろ。
(2)東エルサレムはあきらめて、その郊外のアブディス村(Abu Dis)をパレスチナ国家の首都にせよ。
(3)難民は帰還をあきらめ、今いるアラブ諸国の国民になれ・・・といった感じだった。
パレスチナ人だけでなく、アラブ全体にとって受け入れがたい和平案だったが、
サウジのムハンマド・サルマン皇太子(MbS)は、イスラエルと結託してイランと敵対することに心を奪われていたので、
最小限の案で中東和平を実現する策に同意し、クシュナー案を了承した。
11月中旬、MbSはリヤドにパレスチナのマフムード・アッバース議長(大統領)を呼びつけ、クシュナー案を受け入れろ、受け入れられないなら辞任しろ、受け入れるやつを後任に据えろ、と圧力をかけた。
クシュナー和平案は、イスラエルに不当に占領された現状をそのまま公式に受容し、未来に向かって固定しろと、パレスチナ人に求めるものだった。
イスラエルを一方的に支持してきた米国の中東覇権が衰退し、ロシアやイランなど、イスラエルに批判的な勢力が中東で覇権を持ちつつある中で、パレスチナ側がクシュナー案を受け入れる利得は全くなかった。
アッバースはクシュナー案を受け入れなかった。
パレスチナの上層部で、クシュナー案を受け入れる指導者はおらず、サウジMbSの脅しは空振りに終わった。
サウジによる脅しが失敗したので、トランプ政権がアッバースを脅しにかかった。
トランプはアッバースに、クシュナー案を受け入れないなら米国は大使館をエルサレムに移すぞと脅した。
この手の脅しは、以前の交渉で何度も発せられてきたが、言っているだけで決して
実行されることのない脅しだった。
米国が大使館をエルサレムに移したら、それは米国が一方的にイスラエルの味方だけをする国になったことを示し、中東和平における中立な仲裁者であることやめたことを意味するからだ。
中東和平の中立な仲裁者であるという建前が、中東における米国の覇権や権威の象徴であり、米国の中東支配の政治基盤だった。
だから、大使館の移転は「脅し」だけのはずだった。
ところがトランプは実際に大使館の
移転を発表してしまった。
それで、世界中が驚いた。
パレスチナやアラブ、その他の世界の各地から「米国は、中東和平の仲裁役を放棄した。もう米国は信用できない」「トランプは馬鹿なことをした」
といった批判やコメントがいっせいに発せられた。
トランプ政権は
「東エルサレムがパレスチナの首都になることを否定したわけでない」
「今後も中東和平の仲裁役をやる」と弁解したが、
トランプは6日の演説で、エルサレムの西とか東に全く言及せず
「エルサレムをイスラエルの首都と認める」と述べている。
これは「エルサレムのすべてがイスラエルの国土であり首都である」という、東西分割の国連決議を否定するイスラエルの主張と全く同じであり、東エルサレムをパレスチナの国土・首都と認める立場でない。
トランプは意図的に、イスラエルの傀儡としてふるまい始めている。
トランプ自身は、今後も中東和平の仲裁役をやると宣言しているが、その宣言は、イスラエルの傀儡であることを顕示したことと矛盾している。
クシュナーと一緒に今回の中東和平案を進めてきた大統領戦略担当顧問のディナ・パウエルが、トランプの首都移転宣言の直後、辞任を表明した。
パウエルは辞任に際して
「以前から1年で辞める予定だった」と発表したが、中東和平成就後のパレスチナの経済再建計画を担当しており、今後和平が進展しうるなら辞めるはずがない。
パウエルの辞任表明は、クシュナー案の失敗を示している。
たぶんトランプが再び中東和平に再び本腰を入れることはない。
クシュナー案の中東和平は、
トランプの首都移転宣言とともに終わった。
▼国務省を外し、若気の至りどもにやらせて
失敗を演出
トランプはクシュナー案の中東和平を、最初から
失敗させるつもりで進めていた可能性がある。
トランプは、中東和平の仲介役であるという、米国の中東覇権の政治基盤をぶち壊すことを、
隠れた目標として、10月以来の一連の動きをやっていた可能性がある。
そう考えられる理由は、トランプが、米政府の外交担当(外務省)である国務省を全く外し、国務省にもCIAにも何も伝えずに、若気のいたり的なクシュナーやサウジのMbSにだけ任せて、今回の和平(を破壊する)工作を進めてきたからだ。
(トランプは、中東以外の外交も、国務省を外して進めている部分が大きい)
米国の覇権を維持するための組織(軍産複合体の一部)である米国務省を担当者の中に入れていたら、パレスチナ側がクシュナー案を拒否しても、それで終わりでなく、今後も交渉が継続していくかたちがとられ、
トランプが大使館移転を宣言できる状況に至らないように、国務省が采配しただろう。
米国は中東和平に関し、かなり前から実質的にイスラエルの言いなりで、パレスチナ人の要求をほとんど代弁しないが、建前として米国が中立な仲介者である体制を維持することが、米国覇権の維持に必要だった。
トランプは国務省を入れず「素人」だけにやらせることで、この体制を破壊した。(軍産が価値判断を決める米言論界では「外交専門家」という用語が「軍産傀儡」と同義だ。
「外交の素人」は「非または反軍産」と同義)
ティラーソン国務長官も、クシュナー工作の進展についてほとんど何も知らされなかった。
これが、トランプとティラーソンの関係を悪化させ、トランプが年明けにティラーソンを辞めさせると報じられる事態につながっている。
米国務省だけでなく、アラブや欧州の諸国も、事前にトランプを説得してエルサレム首都宣言を止めようとして失敗した。
アラブも欧州も対米従属の傾向が強く、米国に任せておけば安心、という事態に安住していた。
トランプの宣言は、特に親米アラブ諸国にとって対米従属を続けられなくするものだ。
今後しだいに親米アラブ諸国は、対米従属をやめて非米反米化するか、さもなくば反米イスラム勢力に政権を乗っ取られる懸念が増す。
トランプは昨年の大統領選挙当時から現在まで、NATO嫌い、日韓米軍駐留への批判、TPP脱退、NAFTA放棄、G7諸国への喧嘩売りなど、米国の覇権を一方的に放棄する(ロシアや中国やイランなど非米諸国が、覇権の空白を埋めていく)
「覇権放棄屋」「隠れ多極主義者」と思われる言動を続発している。
その流れから、今回のエルサレム移転宣言を見ると、それは中東和平仲介役の事実上の放棄、中東覇権の破棄の動きであり、トランプの覇権放棄、隠れ多極主義的な策略の一つで
あると読める。
トランプの国際戦略の多くは
表と裏があるが、マスコミは表側しか報じない。
人々は
「米国が覇権を自ら放棄したがるはずがない」「トランプ個人が馬鹿なだけだ」と考えがちで、
裏読みが必要だと思う人自体が少ない。
トランプは、
人々の目をくらましつつ、覇権放棄・多極化を進めている。
▼米国に批判され始め、国際権威が失墜して行き詰まるサウジ。近づく大転換
12月6日のトランプのエルサレム首都宣言の2時間後、ティラーソン国務長官が、サウジアラビアの中東戦略を全面的に批判した。
ティラーソンは、
(1)サウジがイエメンとの戦争でイエメンの港湾や空港を封鎖して支援物資の搬入を妨げていること、
(2)湾岸アラブの同僚国であるカタールを6月から経済制裁して苦しめていること、
(3)レバノンのハリリ首相を呼びつけて辞任を強要したこと、の3点について、サウジは国家としての行動にもっと配慮が必要だと批判した。
3点とも、国際的に広く批判されているサウジの問題点だが、
米国はこれまでこれらについてサウジを全く批判しなかった。
これらの策を進めたのはMbS皇太子で、トランプ政権はクシュナーとMbSのコンビで中東戦略を進めていたので、批判を避けていた。
それが今回、クシュナー案が破綻し、トランプが大使館の移転を発表し、サウジ政府がそれをやんわり批判する中で、米国がMbS批判を初めて発した。
これは、クシュナー案の破綻と同時に、トランプ政権下での
米サウジ関係の蜜月も終わったと感じさせるものだ。
(サウジ批判はティラーソン個人の考えでなく、トランプの考えだ。トランプはティラーソンに、サウジを批判して関係を悪化させる役を命じてやらせた)
実のところ、今回批判されたサウジの3点は、いずれも米国がけしかけてMbSのサウジにやらせたものだ。
その経緯は以前のいくつかの記事に書いた。
サウジ(MbS)は、米国にけしかけられて過激な策をやって失敗し、そのあげくに米国から、もっと慎重にやれと批判されている。
米国がサウジ批判に転じたことは、もとからサウジの言動に批判的な欧州や他のイスラム諸国などを、さらなるサウジ批判へといざなうことになる。
今後サウジは世界的に「悪」のレッテルを貼られていく傾向だ。トランプに乗せられた
MbSは馬鹿だった。
MbSはそろそろ、自分がやってきた対米外交策の失敗と感じているのでないか。
MbSのサウジは外交上の失敗を重ねている。
トランプのエルサレム首都宣言は、米サウジ関係を悪化させると同時に、サウジとイスラエルがイラン敵視で結託することも
難しくした。
トランプが引き起こした今回の転換によって、今後、パレスチナ問題はどうなっていくのか。
米国に代わってロシアが出てきそうなのだが、記事が長くなってしまったので、それについては次回に改めて書くことにする。
http://tanakanews.com/171210jerusalem.htm