
前掲の冬木立に書いた、磐越東線の、遭難碑を、5年ほど前の春に、カシャッとしたのを、載せました。遭難碑のいわれを読んだが、内容は、忘れてしまった。「列車事故の遭難碑と六地蔵」と紹介してあるのを読んだ。磐越東線の開通のことを、"いわき市史"から引用しました。{平ー小川郷間[10.3キロメートル]は、大正四年七月十日、ようやく開通をした。小野新町駅から赤井駅の間は、磐城街道に並行した、夏井川の形成した狭隘な通過する。夏井川の横断は11回におよび、トンネルもまた夏井ー小川郷間で16を数えた。このように夏井川は、この線区の工事を極めて困難なものとしたが、出水時の水位を考え、70フィート[21.3メートル]以上の高橋脚とした橋もあった。平ー郡山間は、大正六年十月十日、六年七ヵ月の歳月を掛け全通した。}いわき市史より。ちなみに、JRの駅は、いわきー赤井ー小川郷ー江田ー川前ー夏井ー小野新町ーから先、郡山になる。