横浜のほほん・続

植物や生き物を見ながら歩いて感じたことなどを中心に日々を綴る。

今年も大晦日

2017-12-31 06:54:38 | 日記



今年は国内外でさまざまな波乱があり未解決の問題も多いようですが、来年は良い方に向かってほしいものです。
個人的には家人や子供の家族を含めて明るく健康に過ごせたように思います。


私の拙いブログを読んでいただいた方々、誠にありがとうございました。
皆様にとって健康で穏やかな新年を迎えられますよう心から祈っております。




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つい先程の富士山

2017-12-30 13:38:20 | 日記
富士見多聞からではないけれど
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富士見多聞

2017-12-30 06:11:01 | 日記



皇居東御苑の本丸跡の一角に果樹古品種園というのがある。
そこに、柿の実が鈴なりの木があった。






やや細長でプレートにヨツミゾと表記されていた。
古くから静岡などで栽培されてきたそうだ。






サンボウカンなど柑橘類は苗木に近い段階らしく防寒対策のビニールカバーがしてあった。






柿の木よりずっと高い木に小さな赤い実がいっぱいついていた。






プレートにヒメリンゴと表記されていたが、確かに小さなリンゴだ。
平安時代頃に中国から渡来したそうだ。






果樹古品種園や松の廊下跡に近いところに富士見多聞がある。






一年ほど前から、中へ入って見学出来るようになった。
多聞というのは石垣の上に建てられた長屋で、強固な防御施設だ。
本丸には10ヶ所以上の多聞があったらしいが、今は富士見多聞だけが残っている。






格子窓がいくつもあり、戦時には襲来する敵を狙い撃ったものだろう。
普段は名前の通り遠く富士山が眺められたにちがいない。






今回は富士山の姿を確認できなかったが、吹上御所の一部を垣間見た。
濠の向こうは桜や紅葉の時期に一般公開もされる乾通りで道沿いの建物は門長屋だ。






次の機会には乾通りを歩いて石垣上の富士見多聞を眺めてみよう。


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浅草界隈

2017-12-29 07:51:43 | 日記



アメ横の後は浅草寺にまわった。
雷門、仲見世から境内まで大賑わいだった。






脇へ抜けて六区の方を歩くことにした。
ここは木馬館。大正から昭和の時代に安来節や漫才、ストリップなどで賑わった。
今は2階が大衆演劇の劇場になっている。






そして1階は木馬亭の名前で浪曲の劇場になっている。






すぐ近くで紙芝居のおじさんが人を集めていた。






海外公演も行っている大道芸人の人で、紙芝居は土曜、日曜にやっているそうだ。






さらに歩くと浅草演芸ホール・東洋館に出た。
戦後の時代、ストリップ、劇場、寄席を併設して賑わった。
今、浅草演芸ホールは寄席に、併設の東洋館は落語、漫才、講談以外の「いろもの寄席」になっている。






東洋館の前身はフランス座というストリップ劇場で、幕間に行われるコントも売り物であったという。
東八郎、渥美清、萩本欽一、ビートきよし、谷幹一など枚挙にいとまない。
井上ひさしが下積み時代に台本を書いたり、永井荷風は常連だったそうだ。






伝法院のほうへ戻っていくと浅草公会堂がある。
1月公演は新春浅草歌舞伎のようだ。






なるほど、仲見世通りに招き板が揚がっていた理由が分かった。







浅草公会堂は40年前からさまざまな公演が行われて多くの有名人が出演している。

正面入り口前はスターの広場と呼ばれて、浅草ゆかりの俳優、歌手、芸能人などの手形とサインが設置されている。
昭和五十四年に始まり近年は毎年5名程度が新しく顕彰されて、延べ316名の手形を見ることが出来る。

今年2月には、綾小路きみまろ、樹木希林、草刈正雄、新内仲三郎、中村梅玉の5人が加わった。






平成二十六年の水谷豊と野口五郎。最近は地面のスペースがなくなったか、掲額方式になっている。



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二人だけの元旦

2017-12-28 21:22:23 | 日記
お題「今年の正月休み、どう過ごす?」に参加中!
これまで大晦日から泊まりに来ていた娘一家が今年は1日夜になったので、
元旦は老夫婦二人だけのお雑煮を食べます。
近所の神社への初詣も二人で歩いて行くことになりそうです。

二日以降は駅伝をテレビで・・・気が向いたら横浜か藤沢あたりで応援します。
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