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気軽に茶道をしてます。

日々のお稽古とともに、できるだけ手作りのお菓子で
お茶を楽しんでいる様子や、四季折々の変化もお伝えします。

バーデン・バーデンといえば温泉

2016-04-08 00:58:17 | 旅行
旅行記3)、お付き合いください。
バーデンはドイツ語で「入浴する」という意味だそうで、
紀元80年にローマ人により作られており、19世紀には
ビスマルク、ビクトリア女王、ドストエスキーやブラームス等の
貴族や作家、音楽家も訪れたヨーロッパ屈指の高級温泉保養地、
ここでベルリンフィルのイースター音楽祭があります。
音楽も温泉も好き、となると行かなくてはなりません。

バーデン・バーデンの鉄道の駅から15分で
春の花が咲きだしたバーデン・バーデンの町に到着
 トリンクハレ
きれいな街並みです。
 
大聖堂の二本の尖塔が
  
市内観光は、馬車か観光列車も走っております。
 

今日は、温泉へ行くことに、
町の中心、レオポルト広場には噴水が目印で、
この坂を上ります。
有名ブランドの店々も並んでおりますが、

一昨年まではロシア人が多く訪れていたそうですが、
今は、復活祭音楽祭が開かれているのにかかわらず、
平日の朝からでしょうか?、人通りは少ないです。

まずは、フリードリヒス浴場ですが、
素っ裸にならなくてはいけないので、NG
裏側にこのような壺が掲げられております。
 
修道院との間に階段があり降りると
47℃の温泉が湧きだしていますが、
ヒ素の含有量が多いため飲用禁止とのことです。

現代的な、カラカラ浴場に着きました。

タオルや水着などのお店がG階、受付は1階

2時間15ユーロ、お高いですね。
メダル型のICチップを腕にして入場します。
ケルンの温泉とよく似たシステムなので、
(参考ケルン2013.9
戸惑いはなく、更衣室で水着へと着替えれました。
2階のサウナは裸にならないといけないのでNGです。
1階は、7つの浴場があり、大きな円形風の浴場、
外に二つの浴場?プール、38℃で上がると寒く、
ミストサウナへ急ぎます。
周りにビーチベッドが並び、のんびりとされておりますが、
日本人の方はゼロ、時間の使い方が下手ですね。私もですが、
90分程で切り上げ、更衣室で着替え、頭を乾かして
チップを投入しバーを押すと、出れました。一安心
2階の窓から外のプール?
肌を触ると、すべすべとしており、温泉なのです。
  1階から
横のビストロで、ビールという殿方をしり目に、
ランチに向かいます。
途中のスーパーに白アスパラ(シュパーゲル)が出ており、
バッハフェス(2009.6)以来、淡い期待を胸に

レオポルト広場で選んだお店、
言葉が通じなかったのか、白アスパラはなく、
19ユーロのお肉になりました。

殿方はビール、姫方はワインでワイワイガヤガヤ
とりとめもない話で、時が過ぎていきます。
ホテルに戻り、コンサートまで午睡にとなりました。
うれしい日々ですね。

フランクフルトの蚤の市へ

2016-03-21 21:31:38 | 旅行
バーデンバーデン、イースター音楽祭鑑賞の旅に、
3月18日(金)から24日(木)までの一週間
二十数年からの友達ご夫婦と一緒に行きました。
飛んでいるのは、富士山を望み、成田への途上です。

関空からフランクフルトへはルフトハンザの直行便があるのに
どうして、成田経由なのでしょうか。
それもJAL、スターアライアンスのマイルが貯まりません。
理由はと聞きますと、二点あるそうです。
・JALが再出発してどう変わったのか、
  株で損をしたのにも関わらず
・787-9に乗りたいとのこと
  一昨年のベートーベン音楽祭に伺った折
  ANAの787-8が、静かで湿度調整されて良かったから
たったそれだけで、遠回りをさせられています。悲しい

フランクフルトの空港からフランクフルト中央駅まで
Sバーンでと、切符を買うのに手間取っていると、
現地在住の日本人の会社員の方が声をかけてくれました。
それを上回る人が現れ・・・
持っていた20ユーロを取り、4枚分発行、そのおつりは
自分の懐へと消えております。あっという間
唖然、今までドイツにはなかったこと

この方は心配だったのか、密かに
フランクフルトの駅近くのホテルの方向へ行くまで
心配そうに見ていてくれました。
感謝しかありません。こんな一日から始まりました。
 
夕食は、ドイツ料理のバーゼラー・エック
ビールとアップルワインに定番のソーセージ盛り合わせ

そしてアイスバイン(塩ゆで豚足)少し癖がありますが、
コラーゲンたっぷり、4人で一つ十分

お腹いっぱいになり、一日目が終わりました。


ヨーロッパでの朝がはじまります。

19日(土)は美術館通りのマイン川沿いに「蚤の市」があり、
シュテーデル美術館は10時開館なので、
9時から10時まで、蚤の市へと向かいます。
桜の花が咲いており、日本より早いですね。
 
川では4人用やエイトが、こんな子供のチームまで

蚤の市は人であふれております。
ドイツ人は少ないですね。危険な匂いがします。
 
でも見ていると、つい買ってしまいました。4ユーロ
 
こんな皿、2枚で4ユーロ

これ以上は荷物になるからと、睨まれており、
泣く泣く、マイセン磁器をあきらめます。
40ユーロと安いのに、残念でなりませんでした。

秋明菊 、秋海棠 と水引 の咲く旅館にて

2015-09-14 08:32:40 | 旅行
 
鯉が泳いでいる池の周りに、
秋明菊 、秋海棠 と水引 の咲く
小さな旅館にお世話になりました。
 
秋明菊 (しゅうめいぎく)は、
菊に似た花を咲かせますが、
俳句の季語としては使わず、
濃いピンク色をした別名の
”貴船菊”を季語として用います。

やはり、お床には
白の秋明菊が清楚でいいですね。
 
それに引き替え、
秋海棠 (しゅうかいどう)は秋の季語であり、
「秋海棠 西瓜の色に 咲きにけり」と
松尾芭蕉は、淡紅色の花を
スイカ色と詠われており、相まって
黄色い真ん中が、一段と色鮮やかです。
   
なお今日14日の誕生花は秋明菊です。

月山は雨、湯殿山の秋はまだ

2015-09-06 17:29:35 | 旅行
先日の山形への旅行の目的の一つは月山でした。
夏の終わりですが、もう秋雨前線が懸かっており
月山は厚い雲の中、あきらめ
峠を下りかけると、雲間からの日差しが
湯殿山なら低いのでと、ハンドルを向けました。
 
出羽三山は江戸時代、”西の伊勢参り、東の奥参り”として
庶民からの信仰の対象で、
特にこの湯殿山は再生の山とされております。
有料道路の終点で、大きな赤い鳥居が現れました。
  
大きな鳥居は、奈良の三輪明神や
熊野本宮大社の大斎原でお参りさせて頂きましたが、
唖然、そのもの
導かれるままに、バス道に足が向いておりました。
歩いて登って、20分で奥社へ参ります。
湯殿山神社のある付近の秋は、まだまだでした。
楓の一部に紅葉?がみられ、
ナナカマドの実も赤く色づきますが、
葉はまだ青いままでした。
これから、あっという間に秋になるのです。
 
「残雪に 大幣の舞ふ 湯殿山」盤水   
ここから先は、写真撮影禁止、
神聖なお山で、俗世とは切り離された神域ですからね。 
参拝に際しても、「語るなかれ、聞くなかれ」といわれ、
かの松尾芭蕉も、
「語られぬ湯殿にぬらす袂かな 」と詠んでおられます。

参拝を終え、なんともいえぬ清々しい気持ちを頂きました。

バス道を下る(10分)途中のお花を紹介します。
 
ヤマアジサイ、  フジバカマ
   
ミヤマアキノキリンソウ、ネジバナ、キンミズヒキ
アザミもまだ咲いており、また幼虫も、
山の秋はすぐそこ、
早く蛹になって羽化しないと。
 

帰り果物の町・寒河江(さがえ)で秋の果物を買い求め、
果物袋だけを手に持って、大事に飛行機内へ

桃(おどろき)、洋梨(オーロラ)、林檎(つがる)
売り場のコピーに、なんと
この桃は堅く、これ以上は柔らかくならず、糖度も低いです。と

食べるのが、楽しみですね。

出羽三山神社に茶筅供養碑が

2015-09-02 20:01:02 | 旅行

出羽三山神社にお参りさせていただきました。
  
赤い一の鳥居では、車の中から手を合わせます。
随神門(ずいしんもん)をくぐると、神聖な雰囲気が
500年以上の杉に囲まれた急な石段の参道を下ります。
    
祓川(昔はお参りの方は身を清めます)を渡り、
須賀の瀧からの石段を上りますと、ハ、ハ、ハ、
五分ほどで爺杉(樹齢1000年)に至ります。すぐ側に
   
国宝五重塔、スギ林に囲まれ、室生寺と同じ雰囲気が、
しかも、風雪による枯れた感じがまた良いですね。
是非訪れる価値がありますよ。
ここから頂上まで2446段の石段で、40分以上かかり、
この足では・・・車に戻り、頂上の三神合祭殿へ。
  
神社なのに、鐘楼に目が行きます。
明治以前の神仏習合の証だそうで、それも萱葺。
さらに三神合祭殿は萱葺の建造物としては日本最大、
葦の厚さが、信仰の深さの証なのでしょう。
月山・羽黒山・湯殿山の神々が祀られておられ、
それは月山や湯殿山が冬季は雪でのため、
三山の祭典はすべてここで執り行われます。
ここを参拝すれば三山を巡ったことにもなるのです。

鏡池を回って、ちょっと探し物、
茶道祖・千利休居士の霊を鎮める供養塚が見当たりません。
なぜここに、供養塚と思われませんか。
・・・・・
この塚の前にて毎年6月の15日に、使い古した茶筅を
お焚き上げする茶筅供養祭が、
流派を超え執り行われています。
帰って調べますと、霊祭殿のそばでした。
荘内日報より
追記:
三山のそれぞれの山は、
羽黒山が現世(正観世音菩薩=観音浄土=現在)、
月山が前世(阿弥陀如来=阿弥陀浄土=来世)、
湯殿山が来世(大日如来=寂光浄土=未来)という
三世の浄土を表すとされます。
羽黒山から入り、月山で死とよみがえりの修行を行い、
湯殿山で再生する巡礼が多く行われ、
生まれ変わり(死と再生)の意味をもった
三関三渡(さんかんさんど)」の旅とされております。

山寺ではもう新蕎麦の幟が

2015-09-01 20:11:06 | 旅行
今日は雑節の二百十日、雨で憂鬱そのもの、
先日の旅行を思い出してみました。

40年ぶりの再訪で、山寺は正式には立石寺といいます。
石段を上り、根本中堂へ。
 
雰囲気は、本当に昔のまま、
本堂の前の大黒さんは皆様にさすられて
つやつや。
私もここが痛いので、さわらせていただきお願いを。
この堂は御山全体の寺院の本堂に当たり、
不滅の法灯がともり続けており、その灯からの種火より
ローソクをともさせていただきました。
そして内陣の薬師如来様に参らせていただき、
「不滅の法灯」を杯灯
比叡山延暦寺から分灯されており、信長の焼き討ちで、
灯が途絶えたおり、立石寺から灯がお戻りになられたそうで。
関西のお寺と違い、風雨の激しさからか、
またはヒノキ材ではなく、ブナ材を使用されているためか、
素朴さの中に荘厳さが醸し出されておりました。
根本中堂を辞すと、突然の蝉の鳴き声
やや低くジージーと、アブラゼミかな。
閑さや 岩にしみ入る 蝉の声
芭蕉さんが、訪れられたのは、西暦1689年7月13日で、
ニイニイゼミだといわれております。
茶店で、玉こんにゃくを頂き、奥ノ院へと向いますが、

入山料と雨が、・・・お腹もすいており断念。
来る途中、そばの花が咲いていたのを思い出し、

新そばの幟にさそわれ、探すもどれもこれも
もうひとつ、駅前のお蕎麦屋さん「焔蔵」へ
 
十割天板そばを、そば粉は最上地方の「最上早生」で、
まだ花が咲いたばかり。新ソバは、まだでしたが、
香りが高く、独特のコシを味わいました。

まだまだ芋煮会は早いですが、名物の芋煮もついでに、
里芋、牛蒡、ネギなどが入り、すき焼き風でした。
さすがに、もうこれ以上は。

車中、道端の「つがる」二個、百円に誘われ、
もはや、食欲の秋そのもの、旅はいいですね。

なお芭蕉はそばの句を”奥の細道”で作句されておられないが、
こんな句を詠まれております。
「蕎麦はまだ 花でもてなす 山路かな」
芭蕉を訪ね伊賀まで来てくれた弟子を、
蕎麦切りでもてなすことのできない心情が表され、
蕎麦は旬だけの食べ物であったのですね。

長次郎・のんこうを手本の本間焼きに出会う

2015-08-30 23:18:01 | 旅行
本間美術館の隣に鶴舞園と清遠閣があります。
美術館の右脇から少し小高な斜面を登ると
突然、立派なお庭と建物が目に飛び込み、
 
ここはどこ、
まずは中門を経て清遠閣

重厚な玄関にて靴を脱ぎ、入らせていただくと、
庭をまずは見てくださいとのこと。
茶室「六明廬」を備えた上座敷に、
この位置からですと、いすが置かれております。

廊下は継ぎ目のない一枚板で作られ、
庭石は、すべて各地から北前船で取り寄せ、
庭の眺めは、鳥海山を借景とのこと。
残念ながら、今は鳥海山は雲の中。
 (facebookより)
ふと柱に目を移すと、四面柾目のスギ材に欄間の立派なこと。
ガラスは手漉き、照明は大正ロマンにあふれ、
 >(facebookより)
次に二階ですが、一枚ケヤキの階段の広いこと
登っていきますと、
直江兼続などの書状にまざって
楽焼茶碗である「長次郎」が、
階段下に、売店があり
楽焼の本間焼きが売られておりました。
お聞きすると
鶴舞園の角に、窯を構えておられるそうで、
由来は昭和33年、本間館長が所蔵の「長次郎」や
のんこう」などの名品に触れることにより、
池田氏とともに、楽焼の世界へと引き込まれ、
池田父子がさらに、独自の作風へと発展されたそうです。
手に取ると、このお茶碗で茶を点てたくなり、
一品、私の手元へと。
 
お稽古でどういう風に、紹介しようかな。

海洋深層水の足湯を

2015-08-14 22:04:11 | 旅行
 
海洋深層水を頂きに、滑川の
アクアポケットへ。
大きな目的は再度塩を作ってみたく
還元濃縮水(塩分15%)10Lで275円を。
料理や特に漬物に使うと、本当においしいです。また
お茶用に脱塩した深層水(ミネラル豊富)10L110円も
アクアポケットの隣に、道の駅があります。
ほたるいかミュージアムが併設されており、
春先には、泳いで光っている姿が見られるとのこと。
時間がなく、富山湾から日本海を眺めながら
海洋深層水の足湯をして帰ることになりました。
ややくもり空で、かすかに能登半島が、残念!
 
温かいのに3分、冷水に30秒
交互に3回程度繰り返すと、
足がピリピリしてきます。
  
本当に血行がよくなりますよ。

古宇利島の神話伝説とは

2015-08-05 09:39:35 | 旅行
沖縄旅行で、古宇利島はいかがですかと。
嵐のCMで有名なハートロックや、
島への長い橋・古宇利大橋は必見ですよとのこと。
8時半開館の美ら海水族館(中国の方も多く朝一ねらい目)
からの帰り道、寄り道しました。
橋はなんと1960mもあり、両脇はサンゴ礁のため、
微妙なブルーの色の変化があり、すばらしいですね。
 古宇利島を望む
なんと車の多いこと。
橋の上は駐停車禁止で、写真はNG。
そのまま白い塔へ引かれるように向いました。
オーシャン・タワー(標高80m)というのだそうで、
無人電気自動車にて塔の入口まで登ってくれます。

ペアーの多いこと。ハートロック目当て
世界各地の貝のコレクション数一万点
すばらしいの一語ですが、”これだけ集めました”の感じ
多すぎて、展示方法の改善が必要ですね。
それでこの塔が貝殻様をしているのかな。
さらに古宇利島の紹介がされており、
別名『恋の島』とも言われ、
沖縄版アダムとイブ伝説神話が存在し、
人類発祥の地だそうです。
また島内に7か所の大小の御嶽(うたき)、
信仰を集める聖地のことだそうで、
特にビジュルヌメー御嶽」には、
女性の子宮をあらわすといわれる洞窟があり、
中には赤ちゃんを抱いたマリア様を思わせる岩が、
「プトゥキヌメーヌ御嶽」には、
男性器の象徴といわれる突き出た岩が連なり、
子宝安産祈願に訪れられてはいかがでしょうか。
そして最上階からの景色をご覧ください。
 
買い物をして帰りの橋へ向かう途中の景色です。
 
やはりパワースポットなのでしょうか?
清々しい気持ちになりました。

30年ぶりの沖縄へ

2015-08-03 00:43:07 | 旅行
      
一日目夕焼け   二日目夕焼け   三日目夕焼け
帰ってきてびっくり
沖縄より、蒸し暑くて気温も高いとは!!!
大慌てで、庭に水やり
毎日水をあげれなくすみません。
枯れる花もなく、安心しました。
 
ハイビスカス   ブーゲンビリア
30年ぶりの沖縄、孫の一言で始まりました。
”飛行機に乗りたい”
そんなこんなで、孫を含め11名の家族旅行になりました。

降り立った飛行場には各自衛隊の飛行機が、
最前線ですが、立派な飛行場のためなのでしょうか?
それとも、子供ずれの観光客の多いことからでしょうかね。
私たちもですが、観光に掛ける沖縄の熱意があり、
異様さはあまり感じられなかったです。

到着して、レンタカーに乗るなり、
孫の”お腹がすいた”コール。
沖縄定番のそーきそばのお店を探し、
一番近いのは”よね食堂のよねソバへ。

スープがおいしく、そーき肉と三枚豚入りで、
お腹がいっぱいになりました。

道が格段によくなっていました。
そして道路には、レンタカーの車(れ、わ)が目立ちますが、
米軍さんの車は少なく、空にも軍用機は見られませんでした。
しかし、米軍基地を示すフェンスの広大なこと。
安全保障・・・・・いろんな意見がありますね。
2時間かけてホテルに到着し、3泊ゆっくりしたいなー。
外国の方たちはほとんどおられなく、ゆったり。
辺戸岬から与論島を望む
浜辺では海水浴、アクティビティにプールとはしゃぎまわり、
山原の森探検では、ヤンバルクイナには出会えなかったけど、
孫たちは、いろんな小型生物に出会え、目が輝いておりました。
また沖縄最北端の辺戸岬ではウミガメを見つけ、
沖縄最後の夜は、一緒にエイサー踊りの輪に加わったりし、
花火のもと、最後の夜を楽しんでおりました。

無事、家にたどり着き、
旅行から無事全員帰ってこれたことが
なによりうれしかったです。
孫たちは、楽しめたのかなー。