果てしない豪雨のさなか、悲鳴を聞いた気がした
たぶん現実のものではないのだろう、けれど
おれは街路で耳をそばだてる、かなり昔、こんな歌があったなと
そう、思いながら
今日のすべてが粘ついた汗となって
全身に絡みついてる
MP3プレイヤーに注ぎ込んだブルースは底をついた
不思議なほど人は居らず
数件のバー以外の店はすべてシャッターを下ろした
ゴースト・タウンのような繁華街で
買い残したことがあるみたいに彷徨っている
住所を間違えた手紙は奇跡的に届いた
内容はあまり
ありがたいものではなかったけれど
それについていくつかしなければいけないことがあったはずだけど
手紙をどこへやったのか忘れてしまって
記憶の上には日常が積み上げられている
たぶん営業時にはテントの端かなにかを結び付けるのだろう
商店の前に置きざられたブロックに腰を下ろす
雨が降り続いている、悲鳴は二度と聞こえてはこなかった
携帯に保存された古いメールを読み返す
いまでは途切れた連中のものばかり選んで
あいつらがどんな気持ちでこれを書いたのかと
おれはいくらかでもそれをきちんと読み取ることが出来ていたのかと
そんなことしても
なにもかも手遅れだってことはわかっているんだけど
こちらを値踏みしながらタクシーが通り過ぎる
ごめんな、歩いて帰ることが出来るところに住んでいる
首尾はどうだい、と
テールライトに語り掛ける
返事を期待しないときは無駄に饒舌になれるものだ
水溜りを轢き潰しながら
真っ赤なふたつの目が二つ先の交差点を左折していく
大儀そうにウィンカーを点滅させながら
おれは様々なすれ違いのすべての残像を
その僅かな灯りに重ねながら少しの間見送り続けていた
風が強くなり始めて
もはや軒先では凌ぎ切れない
立ち上がって
どこかのビルの駐車場にでも逃げ込んだほうがきっといいのだろうけど
おれはまだ回想を抜け出すことが出来ず
いつかしら雨に取り巻かれてしまった
まるで
眠りの最中に死んでしまう浮浪者のように
たまに優しくしてくれる顔馴染みの立ちんぼは見かけなかったし
つるんで出かける数少ない連中もこんな天気じゃ…
薄い上着の襟をナーヴァスに直して
針のような雨を見上げ続けている
なにが悲しいってわけでもない
なにか悔しいことがあったわけでもない
心躍るような出来事があったわけでもなく
怒りに震えるような事件が起こったわけでもない
臍の緒のように感情は切り取られて
ないわけではないけれどあるとも言えないような在り方で転がっている
雨粒は輪郭を明らかにしてくれる
それはちょっとした慰安だ
肉体や、体温のことを
確かに思い出させてくれる
おれもまだそんなものを所有しているのだと
どこか遠くの窓から
「無上の世界」が流れている
雨に啄まれて途切れ途切れだ
あんな歌詞を書いて歌おうと思うやつは
心の中に真っ白な闇を持っている
ちょっとばかり雨に打たれ過ぎた
ちょっとばかり夜更かしをし過ぎた
ちょっとばかり想い出に耽り過ぎた
ちょっとばかり時間を無駄にし過ぎた
僅かの間に落度だらけのこんな夜だけど
それがない方がよかったかと聞かれると素直には認められないな
人生のすべてでなにかを得なきゃいけないなんて
そんなのあまりにも宗教的に過ぎるじゃないか
おれはのんびりと立ち上がり
圧し掛かる疲れという疲れのすべてを
脆い膝で受け止めながら
豪雨の中を歩き始める
びしょ濡れになったってやり直すことが出来る
少なくともいまは
きちんとして眠るくらいのことは出来るようになった
そのうちにすべては笑い話になるだろう
雨のあとはからりと晴れるみたいに
おれは歩く水溜りとなって
この街で一番慣れ親しんだ場所へと歩く
念入りにシャワーを浴びれば
きっとうまく眠ることも出来るだろう
あの悲鳴はもしかしたら
おれの心が聞いたものかもしれないな
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