ほはとの日誌

個人の日誌として利用

2007年7月網走~釧路ウォーク スケージュール 実施後の感想

2013-10-05 | ウォーク



AK Wayを歩いて

全体の感想
 ウォークを通じて感じたこと
 ①直線の道路が多い。昔から人が住んでいないので、もともと人の住んでいない
  原野に人が住み始めて、道路を作ったので、道路を直線に作る方が作りやすいので   直線の道路が多い。

 ②歩く人が非常に少ない。自転車に乗る人もほとんど見かけない。今では車で移動する  のだろう。
  昔、アメリカでは車が必需品で、移動するためには車で移動すると聞いていたが、
  現在の北海道は、まさしくそんな状況である。

 ③北海道のものは大きい
  釧路で見た「カモメ」、大きい! アヒルと間違えそう
  網走で最初に見たが、山道をあるいると、150cmの高さもあるような「フキ」、葉っぱも  当然でかい。雑草と同じくらいあちこちに生えいている。食用になればいいのにと思った。
  釧路で見た「イタドリ」これは2mの高さになくくらいでかく成長している。
  マダニ、目に見えないくらい小さいかと思っていたら、3mmくらいので、結構目に見  える大きさである。ノミのようにピョンピョン、はねないので、すぐに捕まえられる。

 ④雪の防護壁
  網走で最初見たときは、何だか分からなかった。吹雪の時は雪が降り積もって、通れなくなることがあるときいて、分かった。

 ⑤見かけた動物。
  サギ、北キツネ、イタチ、丹頂鶴、エゾ鹿、マダニ(青森より北の地方にしか生息しない)

 ⑥風呂や
  釧路で風呂屋に入った、釧路ではまだ風呂屋の経営が成り立っているようだ。
  温泉。泊まった宿が一般の人が入れるようにしていた--珍しい

 ⑦女満別の温泉、川湯の温泉、摩周の温泉(弟子屈町)

 ⑧旅をしている人は、車とバイクが多い。

 ⑨釧網本線
  1時間に1本くらいしか走っていない。
  鈍行列車が1両編成だった。経営的になりたってないと思う。
  車社会のでこれからが大変だろうと思う。

 ⑩バス
  バスは列車より絶滅寸前という状態。
  弟子屈町内のバスセンターは営業停止で廃屋寸前の状態。
  観光バスがあるのみ。それも1日、3便程度。

東藻琴の末広のバスは朝、7:32と昼過ぎの16:12の2本のみ
  (平日2往復、土曜・日曜・祝日・学校休校期間は運休)
  学校の通学のみのためにあるよう。

 ⑪アパラチアン・トレイルのワイルドな歩く道とコッツウォルド・ウェイの
  牧草地の道を兼ね備えたようなみちだ。
  天都山の200mを出発し、藻琴山の1,000mの山、摩周湖の550mあとは山はないが
  山道がヤブ状態になると、アパチアントレイルに負けなくらいの厳しい道と
  なる。
  弟子屈町営の牧場のなかを歩くときや標茶のちょっと小高い牧場脇の道を
  歩くときの回りの景色はウネウネとどこまでも牧草が広がる
  コッツウォツドと変わらぬ風景である。


AK WAY ロングウォーク感想          神奈川・伊藤恭子

今回、AK WAYを16日間かけて歩く幸運に恵まれたのは道東で歩く道を造っている人がいるという山浦情報からである。このような話しに触発され、私たちは過去にイギリスのコッツウォルドを2週間、B&Bもその日に探してロングウォークしたことがある。私は初めての海外で、いきなり白雪姫やロビンフッドの世界に来たような印象が一生の思い出になっている。

しかし最近は神奈川県内で「すごろくウォーク」という月に1回、電車の駅に朝10時集合、その日の歩く距離、スピードにより、5-6人のグループに分かれ、地図を片手に、昼食場所だけ決めて、夕方到着駅前でお茶をして帰るという日帰りウォークや年4回逗子を歩いてスケッチや音楽もある「アートウォークセラピー」しか行ってないので、自信はなかった。6月に95歳になる義父を退職後2年目に建て替えた家を見て貰おうと呼んだとき、四国遍路をしないで、よそを歩くかと機嫌が悪かった(新居浜に住んでいる)が、風景が違うからと返事していたりしていた。何十枚もの25,000分の1の地図を送って、ルートを入れて貰って返送されてきて、よくまあやってくださるわと驚きつつ、宿も紹介してもらい、食事は日本食だし、歩けなくなったら途中で私だけ終点で待てばいいと、友人の羨望のなか、出発した。休む間の生協の運営委員会も仲間のお陰で立派に回り、ありがたく少しさびしく現在、休んだ分カバー中である。

もう一つ気がかりは「クマ出没注意」の看板、「まむし注意」と同じように考えてと言われても、内地の人間にとってはもっともっと強烈。帰ってから皆どうだった「ケンカしたでしょう」と聞かれたが、途中前後左右誰も歩いてなくて、地図読みができないとケンカするようなゆとりはない。「クマに出会ったら、片方が相手している間に、もう片方が逃げるため」にもお互いは必要でした。どこかの資料館で見た、昔の炭坑の図、先山で男性が掘り、それを女性が運び出したと、助け合わないと生きてこられなかった歴史。期間中、初めての連続ウォークを無事にと要所の案内をかってくれた創始者夫妻の連携も見事で北海道ならではと思った。

1日1リットルの飲料入れて、8kgのザックで毎日20km前後、歩いたのだが、車だとせいぜい15分くらいの距離。しかし歩いてる間の感動の味は、とびきりで心も体もリフレッシュする。人間はもともと歩く速さが合っているのではないかと思う。あるところでは「ムサシ」と呼ばれる映画の百一匹ワンちゃんに出てきたような犬が、聞けば狩猟に来た人が放していったとかで地域の人に飼われながらあたり一面を自由に闊歩していた。シンフォニーファームのサモエド種の「アス」は今も、雨でも平気で外に横たわり、しっぽを振って出迎えているかしら。13カ所の宿もどこも一押し。

いま心に残っているのは、流氷の丘YHの前のオホーツクの海、藻琴山山頂の風の廊下、道に落ちている鹿の角、屈斜路湖畔の川の水の冷たさ、川湯の足湯、砂湯のドロボーカラス、北の大地の主人のお料理、写心館のコーヒー、達古武の資料館になっていた廃校の講堂、小池牧場の独身の牧場主(家には娘二人)、美しい馬、よく吠えられた犬、ビート畑、水色の空、おしゃれな塘路YH、シンフォニーファームの羊、アメリカから長期滞在で来ていた中学生の女の子、冷蔵庫の中のチーズに電動ピアノ、佐々木旅館のおかみさん作の油絵、釧路の休坂のブラックジャックⅡ(蔵書)、休坂の居候、貝原さんにノートパソコンで見せて貰った四国遍路でできた足のマメと治療の仕方、奥さんの可愛いエクボ、釧路の銭湯の番台の女性に求められだAK WAYのパンフレット、大きなフキ、イタドリ、毎日昼食はお握り、おみやげはやっぱり六花亭のバターサンド、大きな農機具、牧草のロール、つかわなくなったサイロ、あちこちの分校、マダニ、どこまでもまっすぐな道・・・・・・

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