ほはとの日誌

個人の日誌として利用

大蔵経寺山(715m)~要害山(780m)(甲府市)

2010-10-24 | みろく


みろくのF氏、I氏と個人山行に行く。21日(木)に会山行に行く予定だったが、雨のため中止になったので、それを個人的に行くこととする。
石和温泉駅を歩き始め、駅のすぐ北にある「大蔵経寺山」へまず、登る。30分ほどの登りだが、汗だくだくになる。天候は曇だが気温が高い24度くらいあったようだ。そこから北へ北へと尾根づたいに歩く。小さいながらもアップダウンが何回もあり、少々疲れる。11:30に尾根の最後のちょっと手前で広い場所があったのでそこで昼食休憩。そのあと、深草観音へより、要害山へ向かう。要害山は武田信玄の親父がつくた山城、現在は城跡がけが残る。
そこから30分で下山すると、小雨が降ってきた。
すぐのところに要害温泉があった。本来はホテルだが、日帰り温泉客が可能。
温泉に1時間入って、送迎バスにのり、甲府駅まで送ってもらい、そこから帰る。

  
山の標識(諸処にあり新しい)                           大蔵経寺山頂にて

  
要害山頂にて                                   ホテルの看板がない要害温泉

08:40      石和温泉駅発
09:55~10:05 大蔵経寺山
11:30~12:00 昼食休憩
12:50~13:00 深草観音
13:45~14:00 要害山
14:30      要害温泉着
15:30      温泉発
16:02      甲府発の電車

ハーモニカ演奏(藤沢市大庭)

2010-10-23 | ハーモニカ
藤沢市大庭地域の文化祭のような催しが開かれる。
「第25回湘南大庭ふるさとまつり」が10月23日、(土)、24日(日)
その中に公民館の小ホール(100人収容可能)で26サークルが演技、演奏をするのだが、私の入っている「モニカ・クラブ」は23日(土)にハーモニカ演奏をする。
土曜日は15サークルが発表するので、1サークルたったの16分の演奏時間(幕あけ~幕閉め)しかとれない。
我々は、4曲を演奏する。
 ①小さな旅       :大野雄二作曲 宮嶋秀次編曲
 ②丘を越えて     :古賀政男作曲 白鳥達夫編曲
 ③証城寺の狸ばやし :中山晋平作曲 間中勘編曲
 ⑤青い山脈      :服部良一作曲 斎藤寿孝編曲
すべてアンサンブル(第1パート、第2パート、コードハーモニカ、バスハーモニカ)
まずまずの演奏だった。しかしハーモニカはマイクが必須なのだが、1人づつマイクがないため、2人で1本のマイクを利用したが、これだと結局、2人ともマイクがほとんど利用していない状態になり、音が小さくなり観客にほとんど音が聞こえないので迫力に欠ける演奏となる可能性がある。
わたしはコードハーモニカを演奏していたが、他の人の演奏は非常に小さい音しか聞こえなくてほとんど聞こえない状態だった。


  
モニカ・クラブ全員と指揮者(宮嶋先生)              バスハーモニカ(真ん中)とコードハーモニカ(右端)

両国・深川散策(墨田区・江東区)

2010-10-18 | ウォーク
曇、きょうは東京の深川散策をする。
会社時代の先輩S氏、同僚Y氏と一緒、お二人は過去3回歩いており、小生は誘いを受けて初めて参加する。
スタートはJR両国駅、ゴールは地下鉄門前仲町駅(歩行距離7km)



JR両国駅13:30発。国技館の先にある「東京震災慰霊堂」を、まず訪れる。関東大震災のときに亡くなった人10万人、そして昭和20年3月10日の東京大空襲で10万人、それらの人達を慰霊するための建物。はじめて見る、内部には当時の写真や絵があり、悲惨な様子が分かる。合掌。

 
東京震災慰霊堂                              そこから見えるスカイタワー


次はすぐ側にある旧安田庭園(いまでは無料の公園)そして国技館の側を通り、鼠小僧次郎吉の墓のある回向院へ。浄土宗の寺だった。ここには犬塚、猫塚とペットの塚がズラリとあるのが珍しい。


 
回向院(綱吉の時代に大火事で亡くなった人の供養で建設)    鼠小僧次郎吉の墓



吉良邸跡芥川竜之介の文学碑(両国小学校卒業なので小学校の角地にあった)、勝海舟の生誕地記念碑をみて、ここから相当、歩いて芭蕉記念館へ。松尾芭蕉が「奥の細道」の出発した地点。
清澄庭園、ここは岩崎弥太郎が買い取って、全国の石を集めていたとは驚き。式根島の岩が目に付いた。


 
清澄公園(Y氏と)                            清澄公園の庭園


そしてきょうの最終地、深川不動、本堂を新築中だった。となりにある富岡八幡宮。ここはやたらと相撲の碑ばかりが目立つ。日本一の大きな御輿がガラス張りで見ることができた。1基は佐川急便の社長が寄付していた。そして伊能忠敬が測地の旅にでるときここ富岡八幡宮にお参りしたとかで最近ここに銅像が建つ。
丁度17時頃になり、八幡宮の近くの飲み屋で疲れを癒し帰途につく。

 
相撲の碑(S氏、Y氏)                             伊能忠敬の銅像

月例塔ノ岳(秦野市)

2010-10-16 | みろく
曇、湿度高い。
みろくの「月例塔ノ岳」に参加。昨年の11月以来11ヶ月ぶり。ランク「C」。参加人数はCL1人、SL人を入れて13人。
朝の8:20大倉のバス停を出発。途中3回ほど休み、塔ノ岳の頂上へは11:40着。30分昼食休憩のあと、12:10頂上出発。一本松付近でみろくの登山道整備の手伝いをする。大倉バス停には15:00到着。
上り3時間30分、下り2時間20分(高度差1,200m)のペースなので、みろくのランクCの規定通り。しかし下山時にストックをわすれ使わなかったので右膝が少々いたくなる。翌日にはなんともなかったが,これからは登山のときにはストックをわすれないようにしよう。
今回は反省会にでないで直接、帰宅したので、17:10ころには家に帰る。
きょうは登っているときに大汗をかく。湿度が高く、風もないので汗がまったく乾かず。水は上り下りで2リットルちかく飲む。

頂上での証拠写真


平ケ岳(新潟県魚沼市)2/2

2010-10-12 | みろく
3:45起床。3:45リュックを持って、スパッツをつけ登山靴をはいて、準備OK。宿のバスに乗り、4:00に宿を出発。まだ真っ暗。奥只見湖の南岸に沿った道路を走る。途中、車のライトにクマが入ったが、すぐに道路脇に逃げる。30分ほど走ったあと、右折、林道入口に停まる。運転手がゲートの錠を開け、ゲートに入る。そしてまたゲートを閉め、鍵をかける。そしてがたがた道の林道を1時間近く走って、5:15頃、林道の終点の駐車場に着く。まだ暗い。こにあるトイレ(4台)で用をたし、ストレッチをし5:40登山口を出発。このころになるとライトは不要。うす暗いが外は見える。最初に夫婦の2人。われわれ12人は2番手。7人組は最後。川を渡って急登が始まる。途中2-3回ほど休憩して、山頂近くの湿原の木道にでる。すると木がほとんどなくなる。玉子石へ。そこで写真をパチリ。ガスが立ち込めて見はらしはほとんどなし。木道を歩いて姫ノ池へ。途中でガスが一瞬の間、晴れて、「平ケ岳」の山頂付近が見える。

 
     玉子石で                            ガスの一瞬の切れ目に見えた平ケ岳の山頂付近

姫ケ池により、山頂へ向かう。
山頂の三角点に10:25着。昼食休憩をして出発直前に3番手の7人組が到着10:55.三角点で全員写真を撮ってもらう。あとは来た道を引き返す。

 
   姫ノ池(池塘の名前)付近                       平ケ岳山頂(三角点)で

下山途中から日が射し始める。近辺の山の紅葉がすばらしい。特に「枯れ松」のところから見るすぐ前の山の紅葉が赤と黄色でそまり。素晴らしかった。

 
越後駒ケ岳方面の紅葉の山々                        枯れ松付近から見た紅葉の山

12:40登山口に着。3組目が到着したのが13:30.出発の時、12:30までに帰るように運転手から指示があったが、3組目のパーティはそんなことはお構いなしという感じの歩きだった。
14:40に宿に帰り、温泉の風呂に入り、体を洗ってさっぱりし、着替えをして帰途につく。宿のバスで浦佐まで送ってもらう。浦佐駅までの途中にある道の駅「ゆのたに」で土産を買う。土産に「ぜんまい」「山うど」「紫色の菊の花」日本酒「緑川」帰りに道の駅「ゆのたに」に寄ってくれたので買うことができた。17:21の新幹線に乗り、19:00に東京に着く。
何のトラブルもなく全員無事で何より。そして今回の紅葉は、私にとって「みろく」に入って一番素晴らしいもので、大満足の山行となった。


平ケ岳頂上付近(まったいらで頂上が、はっきりしない)

 4:00宿出発(バス)
 5:20登山口着(中岐川沿いの林道終点)
 5:40登山口発
 6:10枯れ松通過
 6:25~40休
 7:30~30休
 8:05玉子石分岐
 8:10~20玉子石
 8:50~9:00池ノ岳(姫ノ池)
 9:30~10:00平ケ岳
 10:15~25水場
 10:40玉子石分岐
 12:10~15枯れ松
 12:40登山口着