放菴日記抄(ブログ)

これまでの放菴特集・日記抄から「日記」を独立。
流動的な日常のあれこれを書き綴ります。

時計台と運河紀行5

2022年11月21日 00時51分49秒 | あんなこと、こんなこと、やっちゃいました
 明治11年(1878)に建てられた旧・札幌農学校演武場は明治14年(1880)に時計台を増築。バルーンフレーム工法も建物だったが、時計台の櫓は重厚な在来工法を採用した。その理由はいくつかあるのだろうが、想定したものより巨大で重たい時計機構を収納することになり、柱と梁と筋交いでがっちり組む工法が一番安心できたのかもしれない。時計機構は精密そのもの。これらは水平に設置しなければ正しく時を刻まない。実際、現在もこの時計は現役で時を告げている。時計の精密さもさることながら、歪みの生じていない櫓こそ、時計台の値打ちそのものと言って良い。
 こうして明治14年、演武場は今の時計台の姿となった。時計の始動にあたり、構内にある天文台で天体観測を行い正確な時刻を割り出してから針を動かしたという。
 時計機構は一般にガンギ車、アンクル、テンプによって調速が図られている。壁掛け時計から腕時計、懐中時計に大名時計に到るまで、すべてのアナログ時計はこの調速機能ナシには存在できない。16世紀に発明されたというこの絶妙な仕組みは工学というよりは芸術に近い。さすがに動力は分銅からゼンマイ、ボタン電池と変遷したが・・・。
 さて旧・演武場(現・札幌時計台)の時計も例外なくガンギ車、アンクル、テンプを核とした機構でできている。ただし動力は巨大な分銅を使っている。

 この分銅、ちょうど建物のエントランスの真上にある。落下してきたらエントランスはどうなっちゃうのだろう?って話は置いておいて、驚くべきは、この分銅が順当に下まで降りていくと、普通は動力が途絶えて時計が止まってしまうと思いきや、第二歯車が作動して時計が止まることがないという。つまり分銅を巻き上げるなどメンテナンス中も、時刻が狂うことがない。いつもの正しい時刻に時の鐘が鳴動する。斯くして、今日も札幌に時計台の鐘が時を告げている。あいにく僕らが聴いたのは録音されたものだったけど・・・。

 イヌとオオカミのギモン。なぜかここで答えがひらめいた。
 イヌ頭骨はオオカミ頭骨と違って眉間に出っ張りがある。イヌとオオカミの違いは人間との共生にあると思っていたが、頭骨にまで違いが表れている。
 なぜか。
 その答え → 人間と共存関係を構築する過程で表情筋を発達させていったから。
 たぶんコレに違いない。

 ネコもイヌも手法は違うけれど、共通しているのが「人間の敵には回らないよう」にしているということ。そのためにどちらも表情を豊富にすることで、コミュニケーションをとるということが非常に大事だったのではないか。このためネコは鳴き声を変化させ、イヌは目で訴える生物に変化した。つまり目の周囲に表情筋がたくさん必要になったのだ。どうだこの仮説・・・。もしかして既に誰かが提唱していたか。
 
 考え事している間に、売店にたどり着いた。最後にお土産を買って出口に向かうことになった。
 いやあ、見ごたえのある建物だった。正直、侮っていました。ゴメンナサイ時計台さん。今日も板張りの外壁が素敵ですね。

 ところで下見板張って、日本にもなかったっけ?
 昭和の木造住宅に、よく下見板を見かける。西洋の下見板と違い、こっちはあんまり装飾性を感じない。押さえ板で仕切るからまるで鎧の小札(こざね)を重ねたみたい。おそらく洋の東西を問わず板張りの壁というのはそれなりに環境に耐えられるものだったのだろう。
 素人が考えれば木製の外壁は雨水で腐る。でも木材にはある程度の脂分があり、これが木目への浸水を妨げる。現代でも少しオシャレな住宅で、白無垢の板を真っ直ぐ並べた外壁を見ることがある。ホンモノの板なのかと疑ったが、数年で黒ずんでゆくのでホンモノらしい。かと言って腐敗している様子もない。木材は、表面を雨水が流れるだけならば意外と傷まないようだ。
 下見板張り工法は、つまり板を濡らす雫を早く落とすために工夫された構造なのだ。それでも板が腐ればそこだけ抜いて新しい板を挟めばいい。メンテナンスもし易いようだ。
 
 今日は札幌で一泊。
 夕食は「義経」のジンギスカン。
 早めに行ったので店内は静か。やっとここで地元の大手ビールメーカーのビールを大ジョッキで頂きました。おいしー。

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