今朝、携帯電話がなり久しぶりの同級生の奥さんからのものでした。
内容は、同級生のひとりが今朝自宅で亡くなられていたという知らせでした。
えーっ!!うそっ!!・・・・
この同級生は、中学生の時から、一緒に柔道部に所属し、県のチャンピオンにもなった、立派な体つきをしたスポーツマンでした。
高校からは別々の道に進んだので、なかなかあうことも無かったのですが、移植で入院した時には、子供さんを連れてお見舞いに来てくれていました。
正月に、40歳の同級会にも来てくれて、私の体を心配してくれていました。
今朝、お布団の中で、亡くなられていたそうです。
心筋梗塞による不整脈という診断と聞きました。
お顔を拝見させていただきましたが、まるで寝ているだけのようで、全く実感がなく、不思議な感じでした。
同級生の中では、自分が一番最初に逝く予定だったのに、その親御さんまでも、追い越して逝ってしまいました。
心より、御冥福をお祈りします。
市町村合併により、仕事の内容が変わり、大変で一時は落ち込んで、かなり苦しい思いをされていたようです。
せめてもの救いは、苦しまないで逝けたことと、この世の苦しみから解放されたことです。
突然の事でしたので、なんとも不思議な感じです。
自分の生き死にについて、考えていた一年でしたが、人の命の尽きる時は、いつになるのか予想も出来ないものと、考えさせられました。
いま、元気で普通の生活が出来ることに感謝です。
内容は、同級生のひとりが今朝自宅で亡くなられていたという知らせでした。
えーっ!!うそっ!!・・・・
この同級生は、中学生の時から、一緒に柔道部に所属し、県のチャンピオンにもなった、立派な体つきをしたスポーツマンでした。
高校からは別々の道に進んだので、なかなかあうことも無かったのですが、移植で入院した時には、子供さんを連れてお見舞いに来てくれていました。
正月に、40歳の同級会にも来てくれて、私の体を心配してくれていました。
今朝、お布団の中で、亡くなられていたそうです。
心筋梗塞による不整脈という診断と聞きました。
お顔を拝見させていただきましたが、まるで寝ているだけのようで、全く実感がなく、不思議な感じでした。
同級生の中では、自分が一番最初に逝く予定だったのに、その親御さんまでも、追い越して逝ってしまいました。
心より、御冥福をお祈りします。
市町村合併により、仕事の内容が変わり、大変で一時は落ち込んで、かなり苦しい思いをされていたようです。
せめてもの救いは、苦しまないで逝けたことと、この世の苦しみから解放されたことです。
突然の事でしたので、なんとも不思議な感じです。
自分の生き死にについて、考えていた一年でしたが、人の命の尽きる時は、いつになるのか予想も出来ないものと、考えさせられました。
いま、元気で普通の生活が出来ることに感謝です。
本当に辛いお知らせですね。
生死の時期は、本当にわからないものですね。だからこそ生かされている今を大切に過ごさないといけないですね。
お友達のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
コメントありがとうございました。
明日、告別式にいってきます。
しんみりしても、しょうがないので、同級生たちでワイワイ送ってあげようと思います。
職業柄、人がお亡くなりになられる場面には、何百回と立ち会ってきましたが、なかなか慣れないものです。
最近は、本当の最後の時には、ご家族と、患者さんの性格・生き方を笑いながらお話するようにしています。
不謹慎かもしれませんが、そこに至る過程でたくさんのつらい思いや涙を流されていますので、最後は笑って送ってあげようとします。
明日も、故人の思い出を、おもしろおかしく、みんなで酒の肴にして、騒いできます。
それが最大の供養ではないかと思います。
また、自分はいつでも逝けるように、日々の生活を楽しんで生きたいと思います。
特に元気バリバリ人ですとなおさらです。
ひささんのおっしゃるように笑っておくってあげたいですよね、お互いにエンジョイしましょうね。
本日告別式に出席し、同級生と個人の話で笑って食べて飲みました(私は飲めませんが・・)。
同級生に、住職さんがいるので、個人は今どうしているのかな?と聞いてみると、飲み食いしているこの状況を、上から見ているとのことでした。
みんなで、話をして食べて飲むことが供養となるようです。
運命の糸が変わっていれば、私もpontsukoさんもこうなっていたかもしれません(pontsukoさん気を悪くしないでください)。
いつこうなるかわかりませんので、日々を過ごしていきたいと思います。
pontsukoさんも、体を壊さない程度に楽しんでください。
わたしは逆に昨日、かつての同病室仲間から久々の電話を貰いました。
彼は移植出来ずに癌が転移、病院での治療はもうする事が無い、と言われている中、新しい仕事に今も打ち込み、資格まで取得したと言うのです。
そんな話しを聞いていると、移植出来て少なくとも今を元気に過ごしている事が本当に幸せな事なんだと改めて気付かされています。
その事だけを考えれば、ひささんのブログタイトル(生体肝移植が選択できた幸福)そのままですね。
人間の生死の境目って、難しいですね。
この病気で死が身近になった反面、生死の境目に翻弄されているような気がしてなりません。
生死感というものは、特に日本では日常に考えるものでは無いようです。
いざ、目の前に突きつけられてもパニックになってしまうだけで、うまく落ち着くまでは、一定の時間がかかるようです。
危機的な状況を逃れ、死というものから距離がとれると、考えなくなってしまうようです。
かんぞうさんの場合には、回復までに非常に大変な経過があったので、生死というものに翻弄されているのでしょうか?
かんぞうさんに電話をされた方は、新しい事を始めることにより、未来の予定を作り上げ、そこに向かうことで、集中し免疫力を上げ、進行を抑えているのではないかと思います。
病識の無い人の方が、元気に長生きされているような感じもします。
大半の癌患者さんが、癌のイメージや死のイメージにとりつかれ、そのプレッシャーにやられてしまうのではないでしょうか?
かんぞうさんも、あんなに大変な時期を乗り越えられていますので、自分のボディーイメージを自信を持ってあげると良いと思いますが、いかがでしょうか?